「やっぱり君の可愛さは人一倍だね。輝いて見えるよ」


二度も彼の存在に気付けないとは不覚だった。そこまで勘が鈍ったという感じはしないのだが、それはつまり風間望が私よりも強いことを示していることにもなる。それはそれで不快なので、この点については考えることをやめた。
それよりも、己の後ろに得体の知れない人物がいて、あまつさえ抱きしめられているというこの状況が嫌だったので、前に回っている手を掴むとそのまま上半身を前に倒した。正直に言ってしまえば、彼ほどの実力者なら受身ぐらい取れるだろうと思われる。しかし、彼は勢いをそのままに床にしたたかにその背中を叩き付けた。


「相変わらず酷いねー」

「相変わらず頭がいい感じに逝っちゃってますねー」


床に寝転んだまま、風間望はこちらを見上げるとへらりと締りのない笑いを浮かべた。相変わらずむかつく顔をしている奴である。それよりも、私はスカートを穿いているのだから、位置的に危ういと思い二歩ほど後ろに下がると、風間望は途端に残念そうな顔をした。その顔面を踏みつけてやりたい衝動に駆られたが、そこは何とか押さえ込むことにした。今だ幽霊と宇宙人の関係ははっきりとされていないのだから、迂闊なことは出来ない。


「悪いんですが、他に仕事がありますので失礼しますね」


踵を返してその場から去ろうとしたのだが、私の足が動かなくなっていた。まるで地面に縫い付けられたかのように、床から少しも上げることが出来ない。こんなことをしそうで且つ出来そうな人物は一人しか知らない。風間望に送る視線が険しいものになったのも当然だろう。


「……何ですか」

「一つ、言っておきたいことがあってね」

「何ですか」

「大川のことなんだけれど、彼はあれでいて中々侮れない奴だよ」

「確かに恋する乙女は強いですからね。……で、忠告はそれだけですか?」


私が風間望の話をただ黙って聞いていたわけがない。その間に私にかけられた術を解析し、何とか足の自由を取り戻すことが出来た。同じ技に二度かかるようなヘマをするつもりはもちろんなく、私は歩き始めた。


「わぉ。凄いね」

「それはどうも。ということで、失礼します」

「何だか邪険に扱われているような気がするんだけど?」

「気のせいですよ」


事実、その通りなのだが、私は愛想笑いを浮かべてからその場からさっさと立ち去る。風間望といると手にいつの間にか汗が滲んでいる。それが私は嫌なのだ。私からすれば悪魔よりも宇宙人のほうがよっぽど侮れない奴だ。










僅かな風切り音が聞こえた。しかも、それは確実に近づいてきている。私が一歩横に動くと、先ほどまで私がいた場所を何かが過ぎ去っていた。それは突き当たりの壁に刺さってようやく止まった。誰がそんなことをしたのかと、矢が飛んできたほうを見ると、そこには目を丸くさせた福沢さんがいた。


「どうして気づいたの?」

「音がしたから」

「普通の人間にはそんなちっちゃい音聞こえないよ?」

「では、私は普通ではないってことなんじゃない?」


私がしれっとそう言うと、福沢さんはその可愛い顔を少しだけ歪ませた。そして、ボウガンを再び構える。殺る気は十分なようだ。


「なーんか、むかつくなぁ」

「それはどうも。で、撃つの?」

「もっちろん」


福沢さんは極上の笑みを顔に浮かべると、引き金に指をかけて引く。私が避けない訳もなく、私は難なくそれをかわした。一度避けられたのだから、二度目も当たるはずはない。福沢さんだってそれぐらい分かるだろうにと、少し呆れて彼女のほうを見ると彼女は続けて三本目の矢を撃っていた。短い時間によく新しく矢を装填出来たものだと感心しつつ、それも更に避けようとした。しかし壁との距離はほとんどなく、反対方向に動こうにも方向転換する際に止まってしまえばその間に矢が刺さってしまう。だから、私はその矢が己に刺さる前にそれを掴むことにした。ついでに、驚いた顔で硬直している福沢さんの持つボウガンに向けて矢を投げた。直後、ビキリといい音がしてボウガンにその矢が刺さった。これでもう使い物にならないだろう。


「本当に化け物みたい……」

「褒め言葉と受け取っておくよ。それじゃねー」


呆然とボウガンと私の顔を見比べている福沢さんはその場に残して、私は軽快な足取りでそこから去った。










人間的ではない気配を感じ取って私は立ち止まった。かといって宇宙人の気配だとかそういう訳ではなく、むしろその気配は慣れ親しんでいるものだった。つまり、私は幽霊の気配を感じ取ったのだ。それは一つではなく複数であり、とてつもない数がいるということも分かった。そして、彼らは私に敵意を持っているということも。
霊界の人達ならば、そんなことをするはずもないということは理解している。では、一体誰なのか。私に思い当たる人物といったら、元木さんぐらいしかいない。彼女はエクトプラズムを出せるというのだから、その可能性は十分ある。
エクトプラズムごときにやられるほど柔ではないので、私はさっそくそれらが蠢いているであろう廊下端に向かった。そして、そこには案の定元木さんがいた。その周りには、無数の霊魂が漂っている。人間でありながら、ここまでたくさんの霊魂を使役できるなんて凄いと感心しつつ、私はそれらを観察した。どうやら霊達は比較的高齢なようで、しかしそれは不利益にはなりえないことでもあった。幽霊は体力勝負ではなく、精神力勝負である。だから、若者よりも経験豊富な老人のほうが案外強かったりするものだ。長く生きた人はそれだけ知恵もつく。手ごわい相手ではないが、面倒な相手であることは間違いなかった。


「や! こんにちは、元木さん!」

「……すみませんが、これも恵美ちゃんのためなんです」


元木さんが殺人クラブに籍を置いているのはどうやら倉田さんのためらしかった。何というか、とてつもなく健気だ。そして、また役にもたたなさそうだとも思った。自分の行動原理を他人に求める人物は、私の経験上精神面に置いて強いとはあまり言えない。つまり、彼女は強くないということだ。人間レベルでいけば、今現在私にそうしているように霊魂を使って攻撃を出来るものの、幽霊相手では何の意味も持たない。
余裕たっぷりに霊魂を避けながら、そんなことを思っていた。それにしても、予想通り高齢者の知恵とは恐ろしいものらしい。中々にいやらしい攻撃をしてくる。四方八方から霊魂が襲ってくる。一応、私は肉体を持っているので、あまり攻撃を食らいすぎると肉体が劣化してしまう。必要な金額は経費で落とされるとはいえ、あまり替えすぎると上がいちゃもんをつけて、自腹を切らされることになるかもしれない。それだけは避けたい。
しかし、本当にこの攻撃はやっかいだ。避けづらいことこの上ない。かくなる上は、総元締めである元木さんを何とかしたほうがいいだろう。そう考えて、彼女の方へと行こうと思ったのだが、当然のようにその前に霊魂が立ちふさがった。


――早苗には指一本触れさせんぞ!

「あぁ、そうですか。でも、私も仕事なんですよ。手加減は出来ませんよ」


いい加減まとわりつく雑魚にうんざりきていた私は、とうとう強行突破に及ぶことにした。流石にこの魂を欠片もなく吹き飛ばすのは、元木さんに悪い気がする。かといって、やられっぱなしでいられる訳もない。だから、一時的にご老人方を別の場所に移させていただくことにした。寄り代となる元木さんと離れて、何か悪影響があるかもしれないが、そんなことは知ったこっちゃない。むしろ、消滅させられなかっただけ良かったと思ってほしい。
というわけで、早速実行に移すことにした。といっても、変な呪文なんかを唱える必要はない。ただ、ここにいる霊魂達を全て別の場所――校庭ぐらいに移したところをイメージすればよいだけである。相手の精神力のほうが強ければ成功しないが、そんなことを心配する必要は無い。圧倒的に私のほうが強いのは目に見えている。
事実、私が想像した途端に、先ほどまでうざったかった霊魂達がたちまちいなくなっていた。どうやら彼らを呼び出している間、元木さんは意識を消失しているようで、非常に倒しやすかった。一瞬で距離を詰めて、彼女が深く眠っているところを思い浮かべれば、たちまち彼女の目蓋がゆるゆると下がっていった。ついで、体の力も抜けたので慌てて支えて、廊下に寝せておいた。冷たいかもしれないが、流石にそこまで面倒は見切れない。
それよりも、私には気になることがひとつだけあった。それは、終始感じていた人間の気配だった。私と元木さんが遭遇してから、すぐに私はその存在に気がついていた。それはその場から微動だもせず、淡々と私達を監視しているようだった。しかし、それほど脅威には感じられなかったのでたいしたことはないかと、それを放って歩き出した。用があれば、あちらから接近してきてくれるだろう。










岩下先輩は、彼女らしくこそこそ隠れたりはしなかった。暗闇から月明かりの下に出てきた彼女は、人間であるはずなのにとてもそうとは思えなかった。やはり、美人であったほうが恐怖感が増す。そんなことを分析しながら、私も隠れずに彼女に近づいた。


「こんばんは、岩下先輩」

「こんばんは、いい夜ね」

「ええ、とても。おかげさまで調子もいいです」


やはり夜のほうが調子がいい。原因なんてそんなものは偉い学者様が考えるべきことで、私にとってはどうでもいいことだ。経過よりも結果のほうが重要だ。
お互い相手の出方を伺うのは一瞬だった。岩下先輩は一瞬にして間合いを詰めると、何時の間にやら右手に持っていたカッターを首めがけて突き出してきた。その動作は速いし、何より怖い。恐いというより怖いのだ。薄く微笑みを湛えたその口元とは対照的に瞳は狂気で爛々と輝いている。これでは普通の幽霊すら怖がってしまうかもしれない。そう思ってしまうほどだった。
これはとてもいい人材を見つけられたと、私はほくそ笑む。それに気がついたのか、岩下先輩は一瞬眉を顰めたが、しかし、攻撃の手を緩めるようなことはしなかった。流石だ。殺人クラブのメンバーの中では、強いほうだろう。それにしても、容赦が無い。今までの殺人クラブの連中に容赦があった訳ではないが、彼女の一閃は迷いがない。本気で獲りに来ている。しかし、それが私を嬉しくさせる。これは、何が何でも彼女を入社させるべきだろう。


「流石ですねー」

「あら、貴女こそやるじゃない」

「お褒め頂き光栄ですね」


距離をとって、そんな会話を交わす。岩下先輩の攻撃の筋の良さは分かった。後は、攻撃をどう受けるかを見るだけで十分だろう。というわけで、今度は私が先制攻撃を仕掛けることにした。勢いをつけて、岩下先輩のほうに突っ込む。武器なんて持っていないが、それぐらいのハンデをつけたとしても負ける気はない。岩下先輩は素早く迎撃体制を取った。カッターを右手で構えて、軽く腰を落とした。だから、私は彼女の左側を通りざまに左肩を狙って拳を放った。そのまま走りぬけ、ある程度の距離をとったところで振り返ると、体めがけてカッターが飛んできていた。咄嗟に右に避けたのだが、しかしカッターは私の左の二の腕をかすっていった。怪我の具合を調べるよりも、岩下先輩のほうが気になってそちらを見てみれば、先ほどの攻撃が聞いていたようで左肩を押さえてこちらを睨みつけていた。手には何故だかカッターが握られており、スペアがあったのだと気づかされた。だからこそ、武器を投げられたのだろう。


「傷をつけられるとは、ちょっと驚きました」

「……私もよ」


どうやら、岩下先輩のほうが重症らしく、彼女は軽く唇を噛んで痛みを堪えているようだった。これでは十分な調査は出来ないだろうし、それにこれまでで十分いい結果は得られたように思う。だから、私は彼女に背を向けて歩き出した。


「どういうつもり?」

「夜は意外と短いですからね。まだまだ調査したい人物がいますので」


より一層険しくなった視線を背中に受けながら、岩下先輩に軽く手を振ると、私は歩き出した。