「綾小路先輩は私のものです。手を出さないでくれませんか?」
ただ今私は、小汚い豚もとい悪魔である大川大介と対峙していた。
私がただの人間だったのならば、当の昔に炭の塊に変化させられているだろう。現に結界に何かが当たっているような気がする。しかし、それらはすぐに無効化されていた。これが大川の限界だと見くびる気はないが、この程度では暇つぶしの相手にもならない。
だから、挑発の意味もこめて後ろにいる綾小路先輩のほうに振り返る。彼も結界内にいるので、大川に何かされるということはない。なので、心配する必要はないのだが、大川と対峙していたって目が腐るだけだ。ただ一つ不愉快なのは、綾小路先輩の後ろに風間望の姿が見えることだ。彼は木にもたれ掛かって腕を組み、悠々と私の観察をしている。試しにそちらに向けて、呪詛の言葉を吐いてみても、それは到達することなく消えてしまった。
「さん、どうかしたのか?」
「いーえ、何でもありませんよ。ただ、ちょっと後ろのあいつがうざったかっただけです」
「ちょっと、僕のことは?」
「お前なんか最初から眼中に無い。消えうせろ、下衆が」
後ろから大川の耳に障る声が聞こえてきた。見た目も中身も悪い奴は、声も悪い。全てが毒だ。綾小路先輩にとって一番の毒である、奴の体臭は結界に遮断されているのでこちらまでは届かない。むしろ、綾小路先輩のためにもほとんど無臭といっていい空間を作り上げた。こういう結界を組んだことがないので、意外とやりがいがあり楽しかったのを覚えている。
「な……!」
「私を不快に思ってるんなら、消せばいい。ただし、お前如きにやられるほど私は優しくないよ」
そう言って挑発してみると、単純な大川はそれに乗ってくれた。悪魔はもっと狡猾であるべきだと思うのだが、こいつは違うらしい。魔界もいつからこんな腑抜けた奴を置いておくようになったのか。これは、もしかしたら魔界侵略が出来てしまうかもしれない。その前に宇宙人と友好関係を築くほうが大切なのだが。
私の心配の種である宇宙人といえば、相変わらずの余裕の笑みを浮かべて木に寄りかかっていた。私の視線に気付くと、片手をひらひらと振る。その瞬間、何かが結界をすり抜けたのが分かった。だから、綾小路先輩を連れて彼らから距離を取る。何が起こったのか一瞬分からなかったが、こうして冷静になると良く分かる。つまり、風間望が大川の攻撃のタイミングに合わせて結界を無効化したのだ。とりあえず綾小路先輩をその場において、風間の場所まで移動する。
「一体何したいんですか?」
「んー、嫌がらせ?」
「何のために!」
「だって、君が綾小路ばかり見ているものだから嫉妬しちゃって」
「嫉妬のあまり私を殺そうとするんですか」
「幽霊なんだから死なないだろう?」
本当にこいつは食えない。私の敵は大川じゃない、風間望だ。思わず本気でそう思いそうになった。それほどまでに、こいつがうざったい。
しかし、怒りに流されて本来の目的を見失ってはいけない。元々は綾小路先輩と大川の契約を白紙に戻すのが目的なのだ。だから、気を取り直して大川のほうに向き直った。
「で、大川。ストーカーはやめてくれ。訴えるよ」
「訴えたいなら好きにすればいいじゃないか。人間の裁判所なんて」
「分かった。じゃあ、霊界の法に則って裁判をさせてもらうよー。今日は特別に私も人を裁ける立場にあるんだ」
霊界にもそれなりに法律というものがある。集団があればそれを統率するためにルールを定めることは当然だろう。しかし、幽霊なんてものは適当で、その実まともな法は皆無だったりもする。だから、こうして裁判官になるのもコネと権力と実力があれば簡単なのだ。また、法律を新たに定めることも意外と楽だったりする。
大川もそれぐらいは知っているのか、とたんに逃げ出そうとする。しかし、ここで逃しては私の名前が廃るというものだ。すでにこの空間は私の制御下にある。ただ一つ不安なのは、風間望という不確定因子だけなのだが、流石にここまでは干渉する気はないようだ。
「霊界における法律第……あぁ、面倒くさい! とりあえず、大川は有罪! きちんとあんたにあった法律作っておいたんだから、とりあえず有罪!」
人差し指を突きつけてそう高らかに宣告をしたその時地面から柵がせり上がり大川を取り囲んだ。裁判官のみ使える特殊なもので、ひとまずは拘置所のようなところに連れて行かれるのだ。そこはやる気の無い職員がいるところだから、永遠に出されることはないだろうが、しかし脱走はしやすい建物である。今回ばかりはそうならないよう、職員によく言って聞かせておいたので、中々逃げられないだろう。
「それじゃあ、後でじっくりお話しましょーねー」
手を振って大川が消えるのを嘲笑混じりに眺める。それから、綾小路君のほうへ向かった。
「と、まぁ後はこちらで何とかします。その際、ごちゃごちゃとした手続きがあったら、聞きにくるけどいい?」
「も、もちろんだ」
「それじゃあ、今日は忙しいのでここら辺で失礼するよー。約束、忘れないでね」
これから大川の拷問かと思えば気が重たくなるが、しかしならばこそさっさと終わらせたいと思い、私は霊界へと戻った。