「ねぇ、君何してるの?」
昼休み、今日も例に漏れず殺人クラブのメンバーを探していると、後ろから軽く肩を叩かれた。なんだか昨日も似たような体験をしているが、今回のそれは相手が近づいてきていたことが分かっていたので、大して慌てない。私は人付き合いをする上で大切な笑顔を浮かべながら振り返った。そこには見た目年齢は私と同じくらいの一人の少女がいた。彼女の名前は福沢玲子。何となくそんな予感はしていたので、特に思うことはなかった。むしろ、まだ見ぬ荒井先輩とやらのほうが気になる。女に興味はない。
「ちょっと、人を探してるんだ」
「ふーん。……もしかして、風間さん?」
どうしてそういう発想に行き着くのかが分からない。もしや、昨日私が風間望と話をしていた場面を目撃されたのだろうか。見られるだけならいい。しかし、話を聞かれるのは少し不味いかもしれない。福沢さんがあの話を信じて、何か行動を起こそうと思っているのなら、それ相応の処置を取らなければいけないだろう。ひとまずここは相手の出方を伺うために、話を合わせようかとも思ったが、生憎ここは1学年教室の前であり風間望を探すには相応しくない場所だろう。そう思って、先日出会った天使のような彼の名前を出すことにした。
「ううん。坂上って子なんだけど。クラスが分からなくてさー」
「確かにこの学校って無駄に広いからね。……なんなら、私も一緒に探してあげよっか?」
「え、そんな悪いよ」
私達はまるで仮面のように完璧な笑顔を浮かべながら、手伝うか否かの押し問答をしていた。別に坂上君を探していたというわけではないので、福沢さんの申し出はあまり嬉しくない。というか、邪魔。仮面の裏で眉を顰めていると、女の子二人がが近づいてくるのが分かった。一人はたしか私と日野で坂上君の取り合いをしていたときに、それを眺めていた子だ。もう一人は誰なのかは分からない。とりあえず、殺人クラブのメンバーではない。
「久しぶりだね、玲子ちゃん。そっちの子は前に会ったよね? もしかして知り合いだったの?」
「さっき知り合ったばっかりなんだ。で、彼女が坂上君を探してるっていうから」
「坂上君を? ……しつこい女ね」
最後にぽつりと呟かれた言葉は、昼休み特有の喧騒のなかに埋もれていったが、私の地獄耳はそれをしっかりとキャッチした。もしや、こいつも坂上狙いなのだろうか。見た目こそ快活そうないい子ではあるが、あの言葉を聞く限り中身は真っ黒らしい。一方、今だ一言も喋っていない子は私の言葉を聞くと、少しだけ目を見開きそれから肩を落とした。もしかして、彼女も、なのだろうか。彼女も見た目は可愛いし大人しそうだが、腹の底は分からない。しかも、彼女からは霊的な何かを感じられた。もしや幽霊かと思ったが、こうしてはっきりと人間達にも見えているのだから違うだろう。仮に幽霊だとしても、ここまで力があるのならば霊界内でそれなりに知られているはずだ。
「坂上君なら多分部室で日野先輩と次の企画の相談をしてるからいないと思うよ」
「そっか……」
全く毒気の含まれない、逆に疑わしいほどの笑顔でショートカットの子が言う。私も彼女のように仮面を悲しそうなものへと変えて、徐に肩を落としてみせる。傍目から見れば、和やかな女の子同士の談笑だろうが、そんな空気ではない。一見すると爽やかなものだが、その実ねっとりと纏わり着くような粘着質な部分もあった。それに気づいていないのはやはり何も喋らない子だけであった。彼女は私のことを気遣わしげに見て、また眉尻も下げて、何故だか彼女も悲しそうに見えた。この中では一番純粋な子なのだろう。
「ねぇ、せっかくだからさ、どっかで話でもしない? あ、自己紹介がまだだったね、私福沢玲子」
「倉田恵美よ」
「元木早苗です」
「私は。……うん、いいよ。で、何処に行く?」
「裏庭なんてどう? 人も少ないし!」
「いいねいいね! そこいこっか!」
鳴神学園のことについては、彼女達のほうが詳しいだろう。そう思って行き先は任せることにした。裏庭ということで決定したようだが、人が少ないのなら私にとって丁度いい。そんなところを選んでくれるとは彼女達もなかなかいい人達のようだ。
確かに裏庭は人気がなく、かといって閑散としている場所ではなかった。自然に囲まれ、人間にとってはむしろ居心地のいい部類に入るのかもしれない。主に福沢さんと倉田さんが喋り、私は時々話題を提供する程度だった。元木さんは終始相槌を打ってばかりいた。そんな彼女に華を持たせようとしたのか、倉田さんがとびっきりの笑顔で元木さんの両肩に手を置いた。
「知ってる? 早苗ちゃんって、エクトプラズムを出せるのよ!」
「エクト、プラズム……?」
エクトプラズムというのはそもそもそんな簡単に見えるものじゃない。それを元木さんが出せるということは、かなりすごいことなのだろう。私もそんな人物を見たことはあまりない。かといって前例がないわけではないのだけれども、それでも十分貴重な能力である。もしかしたら、彼女も我が社の役に立つ人材に将来なり得るかもしれない。
何事か倉田さんが元木さんに話しかけているが、その内容は聞き取れず、というか元木さんへの期待で胸を膨らませている私はそんなことに構っている暇もなかった。
ところが、いつまで経ってもエクトプラズムが出てくることはなかった。倉田さんは首を捻っているし、元木さんは申し訳なさそうな顔をして倉田さんと何か話している。もしかして嘘なのかと思ったが、だったらすぐに分かってしまうような嘘をつくようなことはしないだろう。だから、隣に座る福沢さんにさりげなく近づく。そして、倉田さん達に聞こえない程度の声量で話しかけた。
「……本当に出来るの?」
「うん。私も見たことあるんだけど……。今日は調子悪いのかな?」
福沢さんも小さな声で返してくれた。どうやら本当にエクトプラズムを出せるらしい。しかし、現状を見る限りではそれを信じることは出来ない。何か出来ない、という理由を知りたい。そう思って、それからある一つの仮説を立てた。エクトプラズムは霊的なもの。私も霊的な存在である。もしかしたら、私に邪魔をされて出てくることが出来ないのかもしれない。私にそのつもりはないのだが、時々私に影響を受けて体調を崩す幽霊もいる。ならば、仕方の無いことなのかもしれない。
「うーん……今日はご先祖様たちの調子が悪いのかな?」
「だったら、しょうがないよ。また今度見せてよ」
「嘘じゃないのよ? 本当に出来るんだから」
「信じてるってば」
今だ何とかしようとしている倉田さんだったが、昼休みの終わりの五分前を告げるチャイムが鳴ったことにより、それを諦めてくれた。ところで、私にはどうして倉田さんがエクトプラズムを引き出せるのかが分からなかったが、そこはまた会えたら聞いてみることにしよう。
戻るべき教室がない私は、トイレに行ってくると言って、三人から離れていった。
今回は福沢さんについてというより、元木さんの可能性についてよく知れた調査となった。