「君、可愛いね」
今日も今日とて鳴神学園内を殺人クラブのメンバーを探して彷徨っていた。放課後、玄関前で待機するのに飽きて、裏庭をうろついていると突然後ろから抱きすくめられるとともにそんな言葉を耳元で囁かれた。瞬間、背筋に寒気が走って、全身から汗が噴出す。私は思わず腰から回っている手を掴むと、右足を軸に体を回転させる。すると、丁度その人物の背に回って、かつ手を捻るような格好となった。私は珍しく驚き、動揺して心臓を跳ねさせていた。なぜなら、背後から近寄ってきた人物の気配が全くせず、そして触れたその肌がとても人間のものとは思えなかったのだ。捻っている手を掴む私の手には自然と力が篭った。
「痛い痛い!」
すると、その人物は本当に痛そうな悲鳴をあげて、それでようやく我に返る。このままだったら、場所も弁えずにこの人物を殺してしまうかもしれなかった。それほどにこの者は得体が知れず、恐ろしく感じた。私は慌てて手を離すと、それから笑みを浮かべた。普段なら完璧に猫を被れるのに、今はそれが取れかかっているかもしれない。
「ごめんなさい! でも、セクハラ禁止ですよー」
「つれないことを言うね。でも、君だからしたんだよ?」
「というより、そもそも私達に面識はない気がするんですけど?」
「何を言ってるのさ! 僕たちは前世から結ばれていた運命じゃないか!」
振り向いた彼もまた私と同じく胡散臭い満面の笑みを浮かべていた。その顔には見覚えがあった。彼は風間望。殺人クラブのメンバーだ。こうして彼のほうから接触してきてくれたことを喜ぶよりも先に、嫌な予感が全身を駆け巡った。しかし、それを表に出さないように気をつける。恐れを感じているなんて知られてはいけない。そして、ひとまずは調査をするために彼の話に乗ることにした。
「上手いこと言っちゃってー。まぁ、とりあえず自己紹介から入ろうじゃないですか。貴方はともかく私は貴方のことを知らないんですから」
「それもそうだね。僕は風間望さ」
「私はですよ。……といっても、前世の記憶がある風間さんに教える必要なんてないですか?」
「もちろんじゃないか! 僕は君のことなら何でも知ってるよ」
これで本当に何でも知っていたら、私はとりあえず風間望を殺すだろう。こいつは危険人物であると私の直感が警告を鳴らしている。私も大分妖怪染みてきたが、それでも元々は人間なのだ。得体の知れないものはやっぱり怖い。普通の人間ならば恐れおののいて体を震わせるだけだろうが、生憎私にはそれなりの力がある。恐怖の対象は取り払えばいいだけなのだ。自分にそう言い聞かせて、無理やり安心させる。
風間望は近くにあったベンチに腰掛けると、その隣をまるで座れとでも言うように叩く。私は少し距離を置いてその隣に座ったのに、彼はすぐにその隙間を埋めた。そして、馴れ馴れしく肩に手を回す。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。別にとって食おうって訳じゃないんだからさ」
「そうですかー? なんか、私には別の意味で捕って食らおうって感じに見えるんですけど?」
冗談半分、本気半分で鎌を掛けてみると、風間望は一瞬目を丸くし、そして顔を俯かせてくつくつと笑いを漏らした。どうしても彼のほうが優位な状況のように思えて、知らず知らずのうちに眉間に皺が寄っていた。風間望は一通り笑い終わると、それから徐に顔を挙げた。その顔は先ほどとは一変して真面目なもので、また纏う空気もそのようなものに変わっていた。私は思わず唾を飲み込んだ。
「……やっぱり君も人間じゃないんだね」
「も、ってことは貴方は人間じゃないと解釈しますよ」
「あれ、その言い方だと君は人間なの?」
「一応、まだ人間だとは思っています」
傍から聞いたら怪しいこと極まりない会話だろうが、そんなことは関係ない。それよりも、風間望が人間ではなかったことに驚いた。まさか妖怪か何かの類なのだろうか。だとしたら、妖怪だって霊界とそれなりな交流があるのだ。本部がそのことを私に伝えなかったのは不自然だ。今だ、私の中で風間望に対する不信感が拭い去れない。
「それで、人間ではないのなら何なんですか?」
「聞いて驚かないでね。僕は……スンバラリア星人なのさっ!」
「スンバラリア……?」
「それで、君は何処の星の出身なんだい?」
驚きで開いた口が閉まらない、とは正に私の今の状態のことを言うのだろう。風間望は幽霊でもなく妖怪でもなく宇宙人だったのだ。噂には地球外生命体がいると聞いたことがあるが、本当にいるとは思わなかった。風間望は、私が驚きで固まっている様を微笑を湛えながら鑑賞していた。私は何とか衝撃から立ち上がると、ゆっくりと口を開いた。
「……私は地球出身なんですけど」
「え? どういうこと?」
「私は一般に幽霊なんて言われるような存在なんです」
そう言えば、今度は風間望が先ほどの私と似たような顔をした。仕返しとばかりに、今度は私が微笑みながらそれを観察する。さっきの私もそうだったのだろうが、なんとも間抜け面をしている。風間望は今だ驚きで目を見開いたまま、ただでさえ近い距離を更に詰めた。
「まさか、本当に幽霊なんかがいたなんて……」
「私も宇宙人が存在していたことに驚いてますよ。ところで、どうして地球にやってきたんですか?」
「あぁ、それは地球人を家畜にしようと思ってね。そういう君は?」
「私は暇つぶしに人間を殺したりしているだけですよ」
人間を食い物にしようとしている存在が他にもいたなんて思わなかった。このことは上司に伝えておいたほうがいいだろう。戦争なんてしたくはないので、平和的解決方法を模索したい。風間望は苦笑しながら頭を掻いていた。多分同じ事を考えているのだろう。私も苦笑してしまう。それから、少し気になっていたことを聞くことにした。
「そういえば、もし私が地球外生命体だと言ったらどうするつもりだったんですか?」
「んー、相手によって出方を変えるつもりだったけど。まぁ、殺してたかな? ……それにしても、幽霊だったなんて」
「私も貴方の正体によっては殺すつもりでしたねー。……言ってしまえば、今殺したっていいんですけど、そうしたらお互い色々と混乱するでしょうし」
「それもそうだね。とりあえずは上の指示待ちってことになるね」
「面倒ごとが増えちゃうな……」
これから起こるであろうことを想像すると、今から気が重くなってくる。盛大なため息を吐いて、肩を落とす。すると、肩に回されていた腕に押され、風間望に持たれかかるような体制になった。どうしてそんなことをしたのかとじろりと彼を睨み上げてみれば、彼は胡散臭く思えるほど爽やかな笑みを浮かべた。
「先のことよりも、今のこの幸せを噛み締めようじゃないか」
「今の幸せ……?」
「僕はこうして君みたいに可愛い子と出会えた。君もまた僕みたいにかっこいい人物と出会えた。これを幸せと言わずして何という?」
「とりあえず、貴方のことを人は勘違い野郎という」