昨日は一日目にして、殺人クラブメンバー七人のうち二人に出会えた。中々上出来と言えるだろう。この調子で今日も頑張ろうと私は意気込んで、昼休みの校内をうろついていたのだが、生憎誰にも会えなかった。
いっそのこと、片っ端から殺していけば探しやすいのだろうがそんなことをしようものなら上に怒られる。目的が殺すことなのはいいのに、手段が殺すことではいけないとは一体どういうことなのだろうか。私は不貞腐れながらも、仕事をこなすために昇降口に座り込んでいた。学生なのだから、きっとここから出て行くであろうという予想に基づいてだ。こうなったら虱潰しで行くしかない。虱プレス作戦だ。
それにしても、暇だ。今だ釣果はなし。かといって、ここで何処かに探しに行った隙に帰られても困る。
どうするべきか否か考えていると、誰かが玄関から出てきた。暇つぶしのためにその子を見て、私は一瞬固まってしまう。なぜなら、その子はとてつもなく可愛いショタっ子だったのだ。癖毛気味の茶色いふわふわとした髪といい、少し気弱そうな顔立ちといい、ショタ好きには堪らない少年だった。
私のストライクゾーンはとても広く、美少年と知り合えるしついでに暇もつぶせるからと、私は彼に近寄った。
「ねぇ、ちょっといい?」
「……何ですか?」
声もこれまた可愛らしい。新堂君とは正反対な、癒し系弟キャラといったところだろうか。
私の呼びかけに少年は律儀に立ち止まって答えてくれる。すこし首を傾げているのは狙ってのことなのだろうか。だとしたら、私はまんまと彼の企みに嵌ってしまったことになる。今すぐにでも連れ去りたい気分だが、そこは我慢する。
私は出来るだけ人のよさそうな笑みを作って、彼に問いかけてみた。
「人を探してるんだけどさ。日野貞夫って人知らないかな?」
とりあえず話題として殺人クラブのリーダーの日野君を取り上げてみた。これでもし彼が日野君の居場所を知っていたらそれはラッキーだし、たとえ知っていなくても何かと理由をつけてお喋りしていればいつかは誰かが通るだろう。出来れば、知っていないほうが嬉しい。だが、私の願いはあっさりと破られた。
「日野先輩ですか? だったら、今日は集会があるとかで、もしかしたら新聞部室にいるかもしれませんよ」
「あ、そうなんだ。だったら、悪いんだけど新聞部室まで案内してくれないかな? ちょっと、場所が分からなくて」
「構いませんよ」
少年の可愛らしい笑顔にノックダウン寸前になってしまう。この子は、自分の可愛さを自覚してこんなことをしているのだろうか。だとしたら、末恐ろしい子だ。
日野君があっさりと見つかったことが少しだけ残念にも思えたが、それだけ仕事を早く終わらせられるのだと思い、私は少年に連れられて新聞部室を目指すことにした。
「そういえば、私はっていうんだけど、君はなんていうの?」
「坂上修一です。ところで、さんはどうして日野先輩に用があるんですか?」
純粋な眼差しで見つめられて、私は本当のことを言うかどうか迷う。しかし、答えは最初から分かりきっていて、坂上君を変なことに巻き込まないためにも、私は真実を隠すことにする。しかし、嘘をつくのも後味が悪いので、別の理由を述べた。
「いや、それがさー、坂上君があまりにも可愛くて、それで話かけてみたはいいんだけど、話題が無くってさ。つい、日野先輩のことを引き合いに出しちゃったって訳。ごめんね、嘘ついて」
「え?」
「だから、坂上君と是非ともお近づきになりたいなー、ってこと!」
坂上君が私の言ったことを理解していないようだったので、分かりやすく要約して伝えてみれば、みるみるうちに彼の顔が赤く染まっていった。可愛いな、おい。
目に見えてうろたえる坂上君は、なんというか庇護欲を掻き立てられて、是非ともお持ち帰りしたくなる。
「まぁ、というわけで、実は新聞部室に行く必要はないんだよねー。で、良かったら一緒に帰らない?」
「帰らない」
坂上君のか弱い声とは全く違う声が、私の問いに返事をした。ちょっとだけ苛立ちながら声のしたほうを見てみれば、腕を組んで眉間に思い切り皺を寄せた日野君が立っていた。その後ろでは、ショートカットの快活そうな少女がこちらを楽しそうに見ている。
こうやって日野君と出会えたことは喜ぶべきことなのだろうが、今は全くそう思えなかった。せっかく可愛い坂上君と放課後デートが出来ると思っていたのに、水を差しやがって。呪い殺してやろうか。
そういえば、日野君は同性愛者だと聞いた。もしかして、彼は坂上君を狙っているのだろうか。だとしたら、見逃せるはずはない。天使のような坂上君が殺人者の餌食になるのを黙ってみていられるはずがないだろう。
心の中で闘争心を燃やしつつも、私は平静を装って笑顔でさりげなく坂上君の前に立ちふさがる。
「どうして貴方が答えるんですか?」
「坂上は俺の後輩だ。変な虫がつかないようにしてやらないとな」
「私からすれば、貴方のほうがよっぽど危険なような気がするんですけど」
あくまでも笑顔で、しかしお互い目が全く笑っていないことには気がついているだろう。
坂上君は慌ててこの険悪なムードを何とかしようと頑張っているし、女の子は完全に傍観者になって酷く楽しそうに私達を見守っていた。
「邪魔しないで欲しいんですけど?」
「悪いな、それは無理な話だ。……坂上、これから次の特集の企画会議をやる。俺について来い」
とうとう権力を行使して、私と坂上君を引き剥がしにやってきた。こんなのが部長では世も末だなと思い、そういえば彼が快楽殺人鬼だったことを思い出した。この年でそんな悪行に手を染めているようでは、本当に救いようが無い。私には関係の無いこととはいえ、これからの日本の行く末が気になった。
坂上君がどうすべきか悩んでいるようなので、私はここで引き下がることにしておく。あまりしつこくして、彼に迷惑をかけるのは得策ではない。
「部活動じゃしょうがないね。坂上君、頑張ってね」
「あ、はい。なんか、すいませんでした」
「いいって! 今度はデートしようねー」
そう言って、私は坂上君に向かって手を振って昇降口へと向かう。
その途中でもちろん日野君と少女とすれ違うことになり、私は少女の残念そうなため息を吐いた。彼女としては、もっと凄い修羅場を期待したのだろう。
その後、殺人クラブの集会があったことを私は数日後に知って後悔した。その場に居合わせれば、調査も楽だったのにと。しかし、どうやら私は違うことを後悔すべきだったらしい。