目の前に広がる光景に思わず顔が引きつった。
正直、鳴神学園のこと舐めていた。いくらマンモス校とはいえ、これほどとは。
学食にひしめく生徒数のあまりの多さに、思わず立ち止まってしまった。
このなかから、殺人クラブの人を探し出す? 無理だね。一人見つけたのだから、もういいのではないか。
いや、新堂先輩が殺人クラブのメンバーだと気づかなかったから、ろくな調査は出来なかったのだけれども。
何もせずに帰ってしまうと、調査をサボったことになる。
どうせ見つからないだろうけれども、一応学食で昼食をとることにした。学食代分は経費で出るから、というのが本音なのだが、これぐらい誰でもしているだろう。
券を買う様式らしく、私はその列に並んだ。
さて、何を食べようか。私がお金を出すわけではないのだから、好きなだけ買っちゃおう。
そう思って、カツカレーと抹茶ケーキにクリームパフェを頼む。券を持ってカウンターに向かおうとした。
「カレーが……」
向かおうとしたのだが、後ろから聞こえてきた呟き声に振り返る。
これで、私の手の中にカレーの券がなかったら、そんなことはしなかったのだけれども、持っているだけに少し気になる。
そこには、若干――むしろ、かなりふくよかな少年がいた。
発券機の前で、あからさまに肩を落として、カレーと連呼している。
その後ろの男子生徒は不快そうに眉間に皺を寄せている。その後ろの生徒達も気配からして、機嫌がいいとはいえなさそうだ。
とうとうその男子生徒は、ふくよかな少年の肩を小突いた。
少年は慌てて、券を買い、それを不満げながらもカウンターまでに届けようとする。
それで必然的にこちらを向いた。
その顔を見て、私は自分の運の良さに感謝して、その後少しだけ後悔した。
そこにいたのは、殺人クラブのメンバー細田友晴。
どうせなら、もっとかっこいい風間さんとかのほうが良かった。
いつかは彼の調査もしなければならないのだけれども、できれば後回しにしたかった。
そんなことを思っても、調査しなければならない。
私は彼に近づく。私の手の内には、彼と話すきっかけになりそうなものがある。
「あの……いります、これ?」
そう言って、カツカレーの券を差し出す。
しばらく彼は、私の顔を指先に挟まれている券を交互に見つめた。
「えっと……でも、それじゃあ君の昼ごはんが……」
「大丈夫です。他にも頼んでいたので。奢りだから頼みすぎちゃって困っていたんです」
握っていた手のひらを開いて、少しだけ潰れた二枚の食券を見せる。
たっぷりと間を置いてから、細田……先輩は食券をおそるおそる受け取った。罠なんてないのに。
「よかったら一緒にご飯食べませんか? 本当は友達と一緒に食べることになっていたんです。でも、用事があったとかで。だから奢ってもらえるんですけど」
「え」
「あ、もちろん嫌だったらいいんですよ。券返せなんていいませんから安心してください」
「いや、そんなことないよ! えっと、僕細田友晴。よろしくね」
「私はです。こちらこそよろしくお願いしますね」
なにがよろしくなのか、いまいち分からなかったが空気を呼んで、そう応える。もちろんにっこりと微笑んでだ。
細田先輩も人懐っこい笑みを浮かべてくれた。ちょっと粘着質にも感じたけれども。
「それぐらいで足りるの?」
「あはは……細田先輩はすごい、ですね」
食堂に入ったときよりも、笑みが引きつっているかもしれない。
私と彼は向かい合わせに座っていた。
私の前には、抹茶ケーキとクリームパフェ。
細田先輩の前には、カツカレーに餃子、煮込みハンバーグ、メロン、エビフライ、コロッケが置かれている。
見た目からして大食いなのはわかっていたが、これほどとは。
細田家の食費は、月にいくらなのだろう。この不況下でよくこれだけ頼めるものだ。感心というか、呆れるというか。
「さんは優しいね」
「そうですか? そんなこと言われたことはあんまり無いですけどねー」
事実、さきほどは変だとか馬鹿だとか言われていた。
彼は私の先ほどの行為を受けてそう言ったのだろうが、残念ながらそれは違う。
細田先輩が調査対象でなければ、話しかけたりなんかしなかっただろう。
「さん、よかったら僕とお友達になりませんか?」
「ええ、勿論ですよ」
「えへへ、僕ってあんまり友達いないから嬉しいなー」
すいません、前言撤回していいですか。
今の笑み、猛烈に寒気を感じました。
調査、これは調査だ、金のためだ、暗示をかけるように呟く。もちろん心の中でだ。
そういえば、調査といっても何をするのだろうか。上司からは、彼らについて調べて来いとしか聞いていない。
まさか愛好についてなんかではないだろう。個々人が我が社にとって有益かどうか、だろうか。
要は、クラブ単位でなくても個人でも役に立つかどうかだろう。
では、今目の前に座っているピザ――を食べたそうな細田先輩は、どうだろうか。
先ほどの発券機の前での、彼と男子生徒のやり取りを思い出す。……役立つと積極的に肯定できないな。
もしかしたら、スイッチが入ると豹変するのかもしれない。普段大人しい人ほど、切れたら怖いとも言うし。
まだ判断を下すには早すぎる。
「ごちそうさまでした」
このまま一緒にいても、特に得られるものはないだろうということで、この場を去らせてもらうことにする。
きちんと両手を合わせてから、空になった食器が載せられたトレイを持って立ち上がる。
細田先輩も慌てたように、立ち上がった。意味が分からない。
「あ、ぼ僕も食べ終わったから! よかったらお話しないかな?」
「えっと……すいません。ちょっと所用があるもので。また今度、ということにしませんか?」
「そっか……」
もしかしなくても私選択間違った?
細田先輩は後にすべきだったのかもしれない。
しょんぼりと俯いている彼に少し悪いことをしたような気持ちには、まったくならず、そそくさとトレイを返却すると食堂を後にした。