目が覚めると、そこは枯れ果てた木が乱立している元々は森であったような場所だった。
それらを見て、すぐにここが死後の世界ならば天国ではないと確信する。
皆の幸せを願って儀式を行ったが、まさかこんなよく分からない世界に来ることになるとは。
そもそも、私はあの儀式で死んだはずなのに、意識もあって体もある。それに、なんだかここは死後の世界とはとてもじゃないが思えなかった。天国ならばもっと自然が溢れるような場所だろうし、地獄ならばもっと恐ろしげな雰囲気があってもいいはずだ。
ただ突っ立っているのも暇なので、私は歩き出すことにする。
SIRENの世界に訪れたときと状況が似ていると思いながら、私の足音すら乾いた地面に吸い込まれる新たな異界を彷徨ってまもなくして、私はようやく人のものと思われる声を聞いた。
身を隠せそうな場所なんてこの乾いた大地の上には存在せず、私は身構えつつもそちらを見やる。
すると、どうして動けるのかも不思議なほどにやせ衰えた一人の青年がふらふらとどこかへ向かっているのが分かった。
どうやら屍人ではないらしく、しかもあの程度ならばもし襲われても何とかできるだろうと思い、私は彼の後をついていくことにする。このよく分からない場所では、ひとまず情報が欲しかったのだ。
そして、私は驚くべき光景を目にした。
青年が向かっているであろう場所には、一組の男女がいた。男性のほうに見覚えはなかったが、女性のほうにはあった。あれはまぎれもなく八尾さんだった。二人とも青年に負けず劣らず痩せ細っていた。
そして、八尾さんたちの更に向こう側には、あの堕辰子がいたのだった。堕辰子は地面に横たわり、弱弱しく動いていた。
もしかしたら、ここは飢饉に襲われた684年の羽生蛇村なのだろうか。だとしたら、堕辰子を食べさせなければ呪いをかけられずに済む。私はその事実に気づき、堕辰子をかばうようにその前に立った。突然現れた私に驚いたのか、八尾さん達は目を見張ってその場にたたずんでいた。


「堕辰子を食べてはいけません! 食べてしまったら、呪いをかけられてしまいます!」

「……何言ってんだよ! 食べなきゃ俺らは飢え死にしちまう!」


青年は私が彼らがしようとしていたことを邪魔しているのだと気づくと、声を荒げて掴みかかってきた。
ほとんど骨と皮だけだと言ってもいいのに、どこからこんな力が出てくるのか、私はよろけて倒れこみそうになる。青年の瞳はぎらぎらと不気味に輝き、人間追い込まれればこんな風になってしまうのかと恐怖する。


「私達に、死ねと言うんですか……?」


八尾さんもまた狂気に染まった瞳でそう言う。
そこで私はある事実に気がついた。もし、ここで堕辰子を食べさせずに八尾さんを餓死させたのならば、羽生蛇村はなくなってしまう。ということは、この先生まれるであろう羽生蛇村の住人は生まれないということなのだ。そんなのは嫌だった。私は皆の幸せを願ったのに、その人達が生まれてこないだなんて。
そこまで考えて、私はある予想をした。そもそも私はあの儀式で死んだはずなのだ。それなのに、今こうして生きて過去の羽生蛇村にいる。ということは、ここで私の命を堕辰子の代わりに捧げろというのだろうか。確かにそうすれば村人は空腹を凌ぐことが出来るだろう。そうすれば、羽生蛇村が滅びることはないのだから、住人はこの世に生まれることが出来る。
もともと捨てた命だ。ここで躊躇する理由はなかった。


「いいえ。堕辰子を食べる代わりに……私を食べなさい」


私の返事は予想だにしていなかったのか、八尾さんたちは驚きで硬直する。
私はそれを横目に見ながら、刃物か何かを探す。さすがに堕辰子のように生きたまま食べられるのはごめんだった。
手ごろな鍬を発見して、それを青年あたりにでも渡そうとする。これで頭を一発で叩き割ってくれたら、痛みを感じることはあってもその苦しみは短くて済むだろう。
しかし、青年はそれを受け取ろうとはしなかった。


「どうしたんですか? ……さすがに生きたまま食べられたくはないんですけど」

「何で、どうして、そんなことが言える……?」

「私の大切な人達を守るためです。貴方達が堕辰子を食べて呪いをかけられれば、その人達が不幸になってしまいます」


半ば押し付けるようにして鍬を渡した。青年は呆然としたまま、何とかそれを手に持つ。
私は殺される覚悟を決めると、にっこりと八尾さんたちに笑ってみせる。彼女達には罪悪感を持って欲しくはなかった。


「約束してください。堕辰子は絶対に食べないと」

「……分かったわ」


八尾さんもまた驚きで呆然としながら、それでもゆっくりと頷いてくれた。
私はそれを聞いて安心すると、目蓋をそっと下ろす。自分の頭目掛けて振り下ろされる鍬なんて見たいものではない。
青年は暫く躊躇していたのだが、男性に何事かを呟かれると、覚悟を決めて私に声をかけた。


「じゃあ、いくぞ。……すまない」


そして、私の頭に強い衝撃が走った。