ここで闘うよりもいんふぇるので闘ったほうが木る伝にとって都合がいいということで、私達は水鏡を通っていんふぇるのへとやってきた。彼らによると、こちらは神の世界に近くそれと同等な彼らはこちらのほうが力を引き出しやすいということだった。しかし、それは堕辰子も同じことなのではと疑問に思ったがそれは言わないでおいた。それぐらい彼らも承知しているだろうからだ。
危険だろうということで美耶子ちゃんと亜矢子ちゃん、淳君は置いていくことになった。美耶子ちゃんは最後まで渋っていたが、須田君が何とか宥めてくれた。置いていくのは不安だったが、あちらに連れて行くのもそれはそれで心配だった。宮田さんたちは信じられないが不老不死になったのだし、八尾さんは最初からそうだった。私はといえば、赤い水を体内に相当量入れたが屍人化することなく、それはつまり神代の血が入ったということになる。しかし、そんな記憶は全くなく、その点を木る伝に聞いてみても上手く話を誤魔化されただけだった。
焔薙は須田君が、宇理炎は双子ということで盾を宮田さんが、剣を牧野さんが持つこととなった。どちらかといえば、逆なようにも思えたが、盾は一点集中型、剣は分散型なのでそうなったらしい。宮田さん曰く、「牧野さんが攻撃を当てるなんて無理に決まっているから、適当にばら撒いていてください」らしい。思わず納得してしまった。
八尾さんが手早く儀式の体裁を整える。せっかく準備をしててくれていたのだが、急遽場所をこちらに変更になったので簡単なものではあるが準備が必要らしい。
その準備もあっさりと終わり、そしてとうとう儀式が始まった。
よそ者である私と須田君はその様を眺めているしかない。しかし、私には他に一つしなければいけないことがあった。
それは先代美耶子様が実として完全なものであると儀式は成功すると言葉に出すことであった。木る伝たちにも何度もしつこくそう言われた。私の未発達な能力でも、犠牲を払わなくてもそのことだけを祈っていればそれぐらいは叶うらしい。
「楽園の門が開かれる」
作中と同じ言葉が八尾さんより発せられる。そして、言い終わると同時に美耶子ちゃんの代わりに生贄となる先代美耶子様の体が炎に包まれた。私は更に深く祈った。ここが一番重要なところだと思うからだ。
そして、炎の向こうに影が現れる。それはとてもこの世のものとは思えない異形のものだった。そして、炎が収まりそこにいたのは完全体の堕辰子であった。神々しいとも禍々しいとも思える光があたりに溢れた。
堕辰子はふわふわと浮かんでいるだけであって、何もしてこようとはしていない。それが嵐の前の静けさに思えて、私は固唾を呑んで堕辰子の動向を見張る。私は武器を持っていないし、あの能力を使おうにも神には効かないと木る伝から言われていた。
真っ先に動いたのは宮田さんだった。彼が持つ盾の宇理炎を前に突き出すと、一瞬にして堕辰子が炎に包まれる。容赦も躊躇もない彼が敵ではなくてよかったと本当に思えた。
八尾さんはともかく私は攻撃の術を持たないので、八尾さんとともに彼らから距離をとる。心配ではあったが、彼らだって覚悟があるだろうし、私が出て行っても役立たずだろうから、ただこうやって見守っているしかない。
さすがは堕辰子であり、宇理炎を一発食らっただけでは大して傷ついた様子はなく、攻撃してきた宮田さんを見ることなく、何故だかこちらを見てきているように思える。いや、こちらを見ていた。私のことを見て、そして驚くべき速さで私達のほうへ向かってくる。
「牧野さんっ!」
「わかってますよっ!」
焦ったような宮田さんの声に続いて彼よりも更に焦っている牧野さんの言葉が聞こえた。牧野さんが剣の宇理炎を上空に掲げ上げる。
しかし、あれは分散型。もしかしたら当たらないかもしれないと考え、八尾さんを守ろうと彼女の前に立とうとしたが、その前に八尾さんが私を突き飛ばして堕辰子の前に躍り出る。
堕辰子は既にほんの手前におり、どうやっても八尾さんを守ることなんて出来ないと絶望する。八尾さんは微笑んだままで、腕を前に突き出す。盾の宇理炎ほどではないにしろ、火柱が堕辰子を包んだ。しかし、それだけでは堕辰子を失速させることしか出来なかった。
「助けて……!」
無駄だとは知っているがそれでも言葉に出してみる。そして、言い終わらないうちに、上空から降り注いでいた炎の玉の一つが堕辰子の頭に直撃する。堕辰子の動きが止まり、この隙を逃すべきかと宮田さんが再び宇理炎を振ったのが分かった。今だ炎の玉に苛まれている堕辰子に火柱が再度襲い掛かる。これはさすがに効いたようで、あのサイレンと同じ叫び声をあげている。
そして、炎が収まるや否や須田君の持つ宇理炎でばっさりと背中を斜めに切られる。しかし、それでもなお私を狙っているらしく、地面を這い蹲るようにして私の方へと近づいてきた。須田君が首をはねるべく焔薙を振りかざしたその時、確かに脳内に声が聞こえた。
――私も、救ってくれ……。
堕辰子の首が宙を飛んだ。
先ほどの言葉の意味は一体どういうことなのだろうか。分からない。分からないが、今は次の儀式を執り行わなければいけない。
私は八尾さんの手を借りて立ち上がると、安堵のため息をつく。ひとまず、皆に怪我がなくてよかった。
須田君が地面に焔薙を突き刺すと、再び木る伝が姿を現した。
――いやはや、感心しました。
――うむ。よくやった。
――では、次は呪いを解。
――なんでお前はそんな冷たいんだ! 今は、労ってやるべきだろう!
どうやら獅子は見た目や口調こそ荒々しいものの、心根は優しいようだった。闘いの前に、ちょっとした口喧嘩をしてしまったことが後ろめたくなった。
青年が困ったように苦笑しながら、一歩だけ前に出る。
――彼の言うことも一理ありますが、儀式の方法を簡単に説明させてください。その後に少し時間をとりましょう。色々とお話したいことがあるでしょうから。
青年の言葉を聞いて、瞬時に理解した。話したいことがあるのなら戻ったあとでも十分なのだ。しかし、その前に進めるということは、儀式の結果云々は関係なく、私が死んでしまう可能性があるということなのだ。
それに気づいて、覚悟をしていたとは少しだけ動揺してしまう。こうやって目の前に突きつけられると、色々と未練を残しているのが分かった。以前いたあの世界だったなら私はあっさりと死を受け入れただろうが、今は違った。しかし、それを表に出すのは見っとも無いと思い黙殺することにする。
――儀式といっても、行うことは簡単です。ただ貴女は口に出して願えばいい。そして……その代償として貴女の命を差し出してください。私達が貴女を焔薙で貫きますので、その点は心配しないでください。
牧野さんが息を呑んだのが分かった。須田君や八尾さん、そして宮田さんも顔を強張らせているのが分かる。きっと、私も似たような表情をしているのだろう。目頭が熱くなったが、涙は零すまいと堪えた。
青年もつらそうに下唇を噛み、獅子も気まずそうに前足で地面を引っかいていた。
――決心が出来たのならば、儀式を行ってください。
そう青年が言い、そして彼らの姿が一瞬にして消え去った。その後に残ったのは、地面に突き刺さった焔薙だけであり、気のせいか剣に宿っている炎の勢いが衰えているように思えた。