「さん! 大丈夫でしたか?」
情けなく眉尻を下げ、しかしそれは私を心配していたからであって、私は近寄ってきた牧野さんに安心させるように笑ってみせる。それに牧野さんも笑い返し、それから私と亜矢子ちゃんで支えている淳君を不思議な顔で見た。私は笑みの種類を苦笑に変え、視線だけで宮田さんを指してみせる。牧野さんはその視線の意味に気づいたのか、彼も困ったように笑った。
「重かったでしょう。代わりますよ」
牧野さんはそう言って私と代わろうとしてくれる。私はともかく亜矢子ちゃんは疲れているようなので、私はありがたくその申し出を受け入れることにした。しかし、淳君は嫌だったのか、牧野さんの手を乱暴に振り払うとふらふらとした足取りで隅のほうへ歩き出す。亜矢子ちゃんも慌ててその後を追った。
それを呆然と眺めていたが、それもなんだか彼らしい行動だなと笑いを零す。牧野さんを見てみれば彼も私と似たようなもので、お互いそれに気づいてその笑いを深くした。
「……何をしてるんですか。気持ち悪い」
「だから、気持ち悪いって言わないでくださいよ! 結構傷つきます」
「すいません。思ったことをそのまま言ってしまいました」
「謝罪に全く誠意が感じられないんですが……」
「当然でしょう。誠意なんて込めたつもりはないですから」
今度は出発時とは違い、私と宮田さんの口喧嘩が始まった。牧野さんがおろおろとしているが、それでもこれぐらいはしてもいいだろう。多分、あと少ししたら私はこうして口喧嘩は愚か、話すことも会うことも出来なくなるのだから。
私達のささやかな喧嘩は、仲裁に入ってくれた八尾さんによって止められた。そして、八尾さんは真面目な顔をしてこちらを向く。
「儀式の準備は整っているわ。もう始めてもいいの?」
「あ、ちょっと待ってください」
私はそう言うと、左手に持っていた焔薙を見る。先代美耶子様によるならば、呪いを解く方法は木る伝に聞いたほうがいいようだった。しかし、どうやって木る伝をここに呼ぶのかが分からない。
ひとまず、私は原作通り焔薙を鞘から取り出すと、それを地面に突き立てた。この状態のときに木る伝は焔薙に宿ったのだ。
変化はすぐに起こった。頭上からあの四つの靄のようなものがゆっくりと降りてきたのだ。私は思わず一歩後ずさる。他の人たちも驚いたように目を丸くして、その様を見ていた。
木る伝が焔薙に触れると吸い込まれるようになくなり、最後の一つが吸い込まれたその時、辺りに眩しいほどの明かりが衝撃波のように広まった。私は思わず目をつぶってしまい、そして光が収まると焔薙があったそこには四つの影があった。
その影はライオン、牛、青年そして鷲だった。これらが木る伝であるとするなら、ライオンは獅子で牛は雄牛なのだろう。
まるでファンタジーか何かの世界に迷い込んだようで、非現実感が一気に強まった。周りの人たちも同じようで、あの宮田さんでさえ少しだけ目を見張っていた。
青年が口を開いたが声は聞こえることなく、脳内に直接響いてきた。
――流石ですね。貴女は限りなく真実に近い場所にいる。
「あの、貴方達が木る伝なんですか……?」
――当たり前だろ。何寝ぼけたこと言ってやがる。
――そんなことはどうでもいいことです。さっさと儀式を始めますよ。
――まぁまぁ。彼女だって色々と聞きたいことがあるでしょう?
――急いては事を仕損じるぞ。女、何でも聞くがいい。
「……堕辰子が復活したら、どうすればいいんでしょうか?」
――そんなのものわからねぇのかよ。倒せばいいんだよ、倒せば!
何ともまぁ分かりやすい答えだったが、あまりに大雑把なせいでどうすればいいのか全く分からなくなる。
もう一度質問するのも失礼かと思うもこれでは何も出来ないと戸惑っていると、私に分かりにくい答えを返してくれた獅子に雄牛が角がある頭で頭突きする。しきりに痛がって見せる獅子だったが、雄牛は意にも介さず私のほうを見ている。そんな二匹のやり取りを、鷲はただ静かに、青年は苦笑して眺めていたがそれもすぐに止め、私のほうを真面目な顔つき見てきた。
――貴女に呪いを解いてもらうのは、堕辰子を倒してからではなくてはいけません。ですから、自力で倒してもわなければならないのです。
――こちらには剣と盾の宇理炎、それに我らが宿る焔薙がある。案ずることは無い。
――といっても、所詮は人間ですよ。
雄牛が私を安心させるために言ってくれたのだろうが、それも続く鷲の言葉で私へのプレッシャーが一気に重くなる。須田君でもあるまいし、私が神である堕辰子に勝てるのだろうか。
「……闘うのは彼女だけではならないのですか?」
突然そんな言葉が聞こえて、俯き気味だった顔を驚いて上げる。私の視線の先には宮田さんがいた。何やら考えこんでいるように、眉間には深く皺が刻まれている。
青年は戸惑ったように宮田さんを見ていたが、眼光鋭く見てくる宮田さんに決心したのか口を開いた。
――いいえ、そういうわけではありませんよ。
「では、私がやりますよ」
「何言ってるんですか! そんな危険なこと」
「さんが俺らにやらせたくないって思うのと同じ気持ちを俺らも抱いてるってわけ。武器は三つもあるんだからさ、俺も手伝うよ!」
「わ、私もです……!」
宮田さんに続いて須田君、牧野さんまで名乗りを上げる。原作でそれなりの活躍をした宮田さんと須田君はさておき、牧野さんがそう言ったのはとても驚いた。
どちらにしろ、私に彼らを戦わせるつもりなど毛頭ない。しかし、彼らも折れる気はないのか、頑なとして前言を撤回しようとはしなかった。
しばしの間論争が続いたが、それも獅子の雄たけびによってさえぎられた。
――あぁ! もうゴチャゴチャうるせぇな! おい、女。そいつらがそんなにも言うんだから、聞いてやれ!
「無責任なこと言わないでください!」
――あのなぁ、どう考えてもお前よりもそいつらのほうが強いだろ?
「……それは、そうですけど」
――どうせこっちが負ければ、そいつらはここを彷徨うしかねぇんだよ。だったら、せめて闘って散ったほうがまだマシだろ?
「…………」
――おい、人間。焔薙はともかく宇理炎は使用者の命を代償にする。その神代の小娘の血と赤い水を体内に入れるんだ。そうすりゃ、宇理炎で焼かれでもしない限りは死ななくなる。ようは、こっちが宇理炎を持ってるんだから、誤爆でもしない限りこっちに負けはなくなるんだよ。
確かに獅子の言うことも一理あって、私は何も言えなくなってしまう。獅子はその隙に、宮田さんたちに指示を出し始めた。宮田さんたちはその指示に従うべく、美耶子ちゃんから血を分けてもらったり赤い水を飲んだりしている。宮田さんは淡々と、牧野さんはおどおどとそれらをこなした。須田君は既に不老不死の体なので、それをする必要はなくその様を眺めていた。
もはや私に出来ることはないと、彼らを諦めさせることを諦める。宮田さんたちの行動に呆れつつも、それを嬉しく思う私も確かに存在していた。