あの場は何とか八尾さんが治めてくれて、私たちはこの後どうするかを話し合うことにした。
威勢よく何とかしてみせると八尾さんには言ったが、実際のところはどうすればいいのかが全く分からない。
どうやればこの村にかかった呪いを解くことが出来るのか、私のあの能力を使えば何とかできるのだろうか。でも、出来ない可能性のほうが高いだろうし、そうなればどうすればいいのか。
呪いを解くというのが第一目標なのだが、彼らを元の世界に返すというのも大事なことなのだ。しかし、肝心のその方法が原作では明かされていず、春海ちゃんは次元の狭間から送り出されたとしか分からない。そもそも次元の狭間とは何のことなのだろうか。悩みだしたら切りがなく、かといって、当てずっぽうで行動するわけにもいかず、私は一人思考の迷路の中を彷徨うこととなった。
「確かゲームでは堕辰子を倒して終わりなんですよね?」
「はい。ですが、それでは根本的な解決にはならないんです……」
「んー、でも今のところそれぐらいしか出来ることないんじゃない?」
「……だけど、堕辰子をここに呼び出すには」
須田君が考え付いたことを私も考えたことがある。しかし、堕辰子を倒すために呼び出すためには神代の実が必要なのだ。つまり、美耶子ちゃんかあるいは八尾さんを捧げなければいけない。しかも、美耶子ちゃんは既に不完全な実であるから、蘇る堕辰子も不完全なものとなってしまう。私の能力が実を完全に出来るとすればその心配はなくなるが、そもそも助ける対象を犠牲にしなければいけないなんて本末転倒もいい所だろう。
続く言葉を言わなくても須田君はその先を理解し黙り込む。他の人たちも何も言わず、沈黙がその場を支配した。
皆にああも豪語していただけに、何も考え付かないというのは物凄く申し訳ない気持ちになる。しかし、考えても考えても何も考え付かず、結局は黙っているしかなかった。
そんな重苦しい沈黙を破ったのは、扉を開ける際に聞こえる床との摩擦音と場に似合わぬ明るい声だった。
「皆、元気ー?」
「おい、静かにしろ。屍人に気づかれるだろ」
そこにいたのは、相変わらずの眩しい笑顔を浮かべた依子さんと相変わらずの疲れた表情を浮かべた竹内さんだった。どうして彼らがここにいるのか分からず戸惑ったが、それもすぐに依子さんが背負っているミイラのようなものを見て数々の疑問は吹き飛んだ。
ぼろぼろのもはや服とは呼べなさそうなものを身にまとったそれは、先代美耶子様にとてもそっくりに見えた。
八尾さんを除く周りの人たちも驚いたようにそれを見ている。
「彼女は先代の美耶子だそうだ。これでも生きている。さんに話があるというので連れて来た。宇理炎もしっかり手に入れてきた。……あぁ、それと、他の人たちはあの場所で待機している」
「先生が一人じゃ寂しいって言うんで、私も付いてきたんですっ!」
「誰が、いつ、そんなことを言った……」
心底くたびれた様子の竹内さんを見て、ここに来るまでどれくらい苦労したのかなんとなく分かった。彼に同情しながらも、先代美耶子様が一体私に何の用があるのかと気になった。
依子さんにここまで連れて来てもらうのも申し訳ないので近づこうと思ったのだが、それよりも早く依子さんは私の元へ来て背負っていた先代美耶子様を地面に降ろす。
私はその傍に座って顔を覗き込み、それからどうやって話を聞けばいいのかと気づいた。この様子では話すことさえ出来なさそうなのだが、私の不安はあっさりと回避された。
先代美耶子様は震える手を私の後頭部にあて、赤子よりも弱いであろう力で押してくる。本来ならばこの程度の力で体が動くことはないのだが、私は彼女の意向を汲んで彼女の導かれるままに頭を動かす。そして、先代美耶子様の額と私の額が合わさった。
すると、まるで木る伝と会話したときのように直接頭の中に言葉が聞こえてきた。
――初めまして、さん。早速だけど私は貴女に伝えたいことがあるの。……貴女の能力は本物よ。だから、その力を信じなさい。そして、その力でこの村を呪いから解放して。
「でも、どうやって」
――ただ、貴女は祈ればいいのよ。ただし、木る伝も言っていた通り代償が必要になるけれど。でも、それだけでは足りないわ。木る伝をひいてはハルアレ様の力を解放するためには堕辰子の力を失わせなければいけないの。そのためには神代の実が必要……。だから、私を生贄として。貴女の力を持ってすれば、私を完全な実とすることは可能だわ。
切々とした言葉が脳内に響く。ハルアレ様とは一体誰のことなのかと気になったが、それよりのその後に述べられた台詞のほうが気になる。
先代美耶子様を生贄に捧げるなんて、ただでさえ苦しい人生を歩んできた彼女にそんなことを頼めるはずもない。
――私はもう解放されたいのよ。死なんて怖くないわ。……それに、晃一さんとも会いたいの。
とても愛おしそうに呟かれた最後の言葉を聞いて、私は息を呑む。なんともいえない感情に苛まれて、涙が溢れてきそうになる。
俯いていたために誰にも気づかれることはなかったが、唯一向き合っている先代美耶子様は気づいたのか、後頭部に当てられている手が慰めるように揺れる。
――わかってくれた? じゃあ、私を美耶子ちゃんの代わりに儀式を進めるように伝えて。それと、神代淳君から焔薙を受け取っておいてと木る伝が言っていたわ。
「木る伝が……?」
――ええ。彼らが実体を持つには媒体となる焔薙が必要になるのよ。それに、呪いを解く方法は私よりも彼らのほうが詳しいわ。
「……わかりました」
――頼んだわよ。
その言葉を最後に、先代美耶子様の手の力が抜けていくのがわかった。私は手を彼女の体の横に置き、それから顔を眺めてみる。その顔は安心しきったように安らかなものだった。
私は儀式を行う決心を固めると、八尾さんのほうに振り返った。
「八尾さん、堕辰子を呼び出すために儀式をしましょう。先代美耶子様を生贄として」
「でも、彼女にその資格はないわ」
「そこは私が何とかします。それと、淳君から焔薙を貸してもらいたいんですが、彼の居場所を知りませんか?」
「……百合の花を取りに行っているはずだわ。場所は巣の近くにある花壇よ」
「わかりました。では、彼らのところに行ってきますね。儀式はそれからにしたいので、準備が必要ならその間にお願いします」
私の指示に八尾さんはゆっくりと首肯した。そして、牧野さんに近づくと、二人で何やら相談を始める。儀式に関してはあの二人に任せるとして、ここで気になったのは宮田医院にいる人たちのことだった。あの中で一番戦力になりそうだった竹内さんは今ここにいる。もしかしたら、危険な目に遭うかもしれなかった。
「来て早々で申し訳ないのですが」
「わかってるよ。俺達は宮田医院に戻る。……渡すのを忘れていたな」
竹内さんは頼もしい表情でそう言って、それから思い出したように二つの物体を手渡してくる。それらは宇理炎だった。……私も先代美耶子様のことがあったから忘れてしまっていた。
そんな私の驚きが表に出ていたのか竹内さんは軽く笑うと、依子さんのほうを向いた。
「行くぞ」
「はいっ! あ、ちゃん、無茶しないでね? 元の世界に戻れたら、一緒に買い物行こうね!」
「……うん。ありがと」
元の世界に戻れたら、か。きっとそれはないだろう。そう思ったが、依子さんを安心させるためにも頷いて笑って見せた。私にしては珍しく演技が上手くいったようで、依子さんもにっこりと笑い返し竹内さんの腕を引っ張って去っていった。
私は軽く息を吐いて気持ちを奮い立たせると、今度は須田君達のところに向かう。もし万が一の時のために須田君に宇理炎を預けると、私は外へと繋がる扉へと歩き出した。しかし、その歩みもすぐに右手を捕まれることによって、止まってしまう。
視線を向けてみれば、そこにはやはり宮田さんがいた。無表情よりかはいいのだが、それでも不機嫌そうに眉間に皺を寄せられると少し怯んでしまう。
「一人で行くつもりだったんですか」
「あ、はい」
宮田さんは何度目になるか分からないため息をあからさまにつくと、握られた右手はそのままに足早に歩き出す。当然、私も半ば引きずられように歩くこととなった。