「あ、いましたっ!」


まだ9時ほどだったので須田君たちがいるという確証はなかったが、それでも探さないよりかはいいかと思って、蛇ノ首谷の折臥ノ森の辺りから須田君が撃たれるであろうつり橋付近を捜していた。
すると、何とも運のいいことにすぐに須田君たちは見つかった。
二人に近づいていくと、最初こそ警戒して美耶子ちゃんを自分の背に回した須田君だったが、私達が人間だと気づくと些か警戒心を解いてくれた。それでも、二人の怪訝そうな表情が変わることがない。
少しだけ勿体無かったが、私は宮田さんと繋いでいる手を解いて、二人に近寄った。宮田さんは無表情で二人を見ていた。


「あの、私達まだ生きている人たちを探して、それで皆で集まって何とかこの世界から抜け出そうって考えてるの。君達も二人よりももっと人数が増えたほうが生き残れる可能性が上がるだろうから……一緒に行動しない?」


そう言って、須田君に手を差し伸べる。美耶子ちゃんは、彼の後ろで今だ変わらぬ鋭い眼光で私を睨みつけてくるので、彼女に話しかけるような度胸はなかった。だから、美耶子ちゃんよりかは雰囲気が柔らかい須田君にそう言ったのだった。
須田君は私の手をちらりと見て、それから何かを考えるようなそぶりをした。何か不振な点でもあっただろうかと心配になっていると、須田君はにっこりと笑った。


「そっか! そりゃ、大勢いたほうがいいよな! それじゃ、お姉さん達、よろし」

「駄目!」


素敵な笑顔のままで私の手を握ろうとしてくれた須田君だったが、突如割り込んできた美耶子ちゃんの声にその手を止めた。
そして、私とほぼ同時に美耶子ちゃんの顔を見る。その眉間には宮田さんに負けず劣らず皺がよっており、相当機嫌が悪いことが伺えた。
私はどうして彼女が静止をかけたのか分からず戸惑ってしまう。須田君は不思議そうに美耶子ちゃんに向き合って、話しかけていた。


「何が駄目なんだ?」

「だって、そいつら儀式をするために私を捕まえようとしてるのよ!」


あからさまな拒絶を示してみせる美耶子ちゃんを見て、須田君は再びその顔に疑惑の色を浮かべた。今まで一緒にいた彼女と、突然現れた私達。どっちが信用できるかなんて分かりきっている。
でも、だったら美耶子ちゃんの誤解を解けば、二人を安全な場所に連れて行くことが出来る。だったら、ここで簡単に引き下がるわけにはいかない。


「私はそんなことしないよ。それよりも、私は皆を救いたいの」

「嘘。口だけだったらいくらでも言えるわ」

「本当だから、お願いだから、私を信じて。じきに、貴女を捕まえるために人がやってくるの。その人に捕まったら、大変でしょ?」

「だったら、捕まる前に逃げるわ」

「……なぁ、どっちを信用すればいいんだ?」


須田君が曖昧な表情で苦笑して、私達の顔を見比べる。それに美耶子ちゃんは、当然のように自分だと主張した。私はといえば、自分の怪しさを十分に理解しているだけに、何も言うことが出来なかった。
どうしたら、美耶子ちゃんを安心させることが出来るのかわからない。考えてみれば、私はこういう風に誰かを説得してばかりだと思って、苦笑してしまう。


「それに、さっき私を捕まえる人が来るって言ったわ。そんなことを知っているってことは、あっちサイドの人間ってことでしょ?」

「……彼女には特別な能力があるんですよ」

「能力って?」


突然、宮田さんがそう言って割り込んできた。宮田さんの言葉に、須田君が反応する。そして、私も。
宮田さんの言わんとしている能力とは一体何のことなのだろうか。まさか、あの発言したことを実現する能力のはずはない。それが答えなのだとしたら、美耶子ちゃんの問いに答えることは出来ないのだから。
宮田さんが何を言い出すのかと、私達は彼を見つめた。その能力の持ち主であるはずの私もそれに加わっているのはおかしな話だ。


「彼女は未来を見ることが出来るんですよ」

「へ?」

「何もおかしな話じゃないでしょう。私達だって幻視ができるのですから」


無駄に堂々とそう言ってのける宮田さんの白衣の袖を私はちょいちょいと引っ張った。
それに気づいた宮田さんが無表情でこちらを見てきた。私は須田君たちに断ってから、宮田さんを彼らから少し離れたところに引っ張っていく。


「何を言ってるんですか」

「嘘も方便ですよ。それに、貴女一人で上手く言い訳できたとも思えないのですが」

「だからって……!」

「それに、ゲームなのですから画面越しに見たんじゃないですか。あながち嘘とも言い切れませんよ」


いけしゃあしゃあとそう言う宮田さんに思わず声を荒げたくなったが、そんなことをしたらただでさえこちらを気にかけている須田君たちからなおさら不振がられてしまう。
私は深呼吸をして気を落ち着ける。そして、宮田さんと話していても埒が明かないと思い、再び須田君たちのところに戻ることにした。
須田君はいつの間にかすっかり警戒心をなくしており、のんきに笑っていた。ある意味、この状況下で笑える彼を見習いたくなった。
美耶子ちゃんは私が彼女を見かけてから全く変わらない表情をしており、私は思わず苦笑してしまった。
それから、彼女に近づいて彼女と目線を合わせるようにしゃがみこむ。彼女は目が見えないのだから、そんなことをしても無意味かも知れないが、それでもそうしたかった。


「確かに、私達が怪しいのはわかるよ。でも、それでも、信用してくれないかな? どうやったら、信用してくれるかなんて分からないから、こういう風に言うしかできないんだ。ごめんね。あ、でも、何かあったら言ってね。微力ながら、お助けするので!」


そう言って、力瘤を作って見せたりなんかする。それにしても、この1日で随分体を酷使したような気がする。しかし、筋肉痛がこないのは果たしてこの異常な世界だからなのか、私の体が老いてきたからなのか。2日後ぐらいに筋肉痛が来たら嫌だなぁ、と場違いにそんなことを考えてしまった。
そうして、少しの間静寂が訪れる。しかし、それも美耶子ちゃんがわずかに、でも確かに頷いてくれたことによって、緊張が和らいだ。

「……わかった」

「ありがと。あ、私って言うんだ。で、こっちの人が宮田さん」

「俺は須田恭也! で、こっちが美耶子な!」


お互いがお互いの連れを紹介しあう。宮田さんは無表情で、美耶子ちゃんは仏頂面で、軽く目礼をするだけだった。
そんな二人に、私と恭也君は呆れて、そしてお互いそう思ったことを感じ取って、笑いあう。それを見て、美耶子ちゃんは眉間の皺を更に増やした。そして、宮田さんも。


「それじゃあ、戻りますよ」

「恭也の愚図」


私と須田君はそれぞれ連れに手を引かれて歩き出す。
美耶子ちゃんの機嫌が悪くなったのはなんとなく分かる。世に言う嫉妬というものだろう。では、宮田さんはどうしてなのだろう。まさか、彼に限って嫉妬なんて、そんなわけがあるはずもない。しかし、そう自分で否定しておいて、少しだけ期待してしまう自分もいた。悲観的な自分と楽観的な自分が、左右から話しかけてくるような気がする。
物思いに耽っていると、唐突に視線を感じた。私は動かしていた足を止めて、きょろきょろと辺りを見回した。何故だか胸騒ぎがする。
突然立ち止まった私を不振に思ったのか須田君が話しかけてきたが、私はそれにかまわず先ほど感じた気配を探る。
そして、すぐに気がついた。向こうの木立に猟銃を構えた青年を見つけたのだ。多分、淳君だろう。考える前に行動していた。

「須田君!」

私の大きな声に驚いた須田君が飛び退ったのと、猟銃の発砲音が聞こえてきたのはほぼ同時だった。
しかし、運の悪いことに淳君の方向から見ると、須田君の影になっていた美耶子ちゃんが、須田君が動いたせいで露になったのだ。
もしも、淳君が狙っていたのが私や宮田さんだったのならいい。私は撃たれてもいいし、宮田さんだったらあっさりと避けてくれそうな気がする。しかし、もしも須田君だったのなら。
私はその光景を想像し、そして気がついたら私は美耶子ちゃんを抱きしめるように覆いかぶさっていた。
その間、時間がゆっくりと過ぎていったような気がする。でなければ、こんなすぐに行動に起こすことが出来なかっただろう。
そして、スローモーションだった世界は、私の背中に何かが突き刺さると同時に元に戻る。
熱した鉄の棒を突き刺されたような、そんな痛みが背中に走った。私は耐え切ることが出来ずに、美耶子ちゃんを抱きしめたまま、前方に倒れこむ。そして、すぐにそれを後悔した。
立ち込める霧で辺りがよく見えなかったのだが、それだけはよくわかった。つまり、私達が倒れこみそうになっているその場所に、地面がなかったのだ。


「美耶子!」

さん!」


須田君と宮田さんが、それぞれに名前を呼ぶのが聞こえた。しかし、それに答える暇もなければ、気力もない。
私はただただ美耶子ちゃんが無事でいてくれるように祈って、彼女の小さな体をこれから来るだろう衝撃から守るためにきつく抱きしめた。その時、たしかに美耶子ちゃんが私の腕にそっと手を添えたのがわかった。