私たちは診察室が見えるが声は聞こえないであろう距離の場所にいた。
私は近くにあったベンチに腰掛けさせられる。その周りを男四人が取り囲んだ。かなり異様な光景だ。
「ここまで来れば、聞こえないでしょう。……では、話してください」
宮田さんの声が頭上から聞こえてくる。ただでさえ威圧感がありまくりなのに、見下ろしながら言われるとそれが更に増す。
私は気持ちを引き締めるために手に力を込めて、それから正面に立つ宮田さんを見上げた。
「私は説明が下手なので、気になったことがあったら聞いてください。……まずはじめに、無事に元の世界に戻ることが出来た人ですが。それは春海ちゃんだけです」
「どうして彼女は戻れたんですか?」
「元の世界に戻るには、赤い水に犯されていない状態でなくてはならないんです。他の人は、戦いの中で怪我を負うなどして、赤い水を体内に取り入れてしまい、戻れなくなったんです」
「……では、さんは」
牧野さんが、恐る恐るといった風にそう呟いた。その言葉が意味するところは、この場にいる全員がすぐに気がついた。
私は牧野さんに苦笑して見せた。そうするほかに、何もしようがなかった。
「赤い水が体内に半分溜まると半屍人化してしまいます。幸いなことにその前兆はないので、今のところは大丈夫でしょう」
牧野さんが心配しているであろうことには触れず、そう答えるよりも前向きな答えを返す。
牧野さんはというと、その返事に何か返そうとしたのか口を開いたが、すぐに閉じてしまった。
「……それで、他の方は?」
「竹内さんは先ほど言ったとおりです。志村さんは、人間のうちに死のうと自害してしまいます。しかし、サイレンが鳴ると死人は屍人化してしまいます。ですから、志村さんは結局屍人となってしまうんです。そして、最期は多分須田君によって完全に殺されたかと思います」
「その須田君とは?」
「美耶子さんと一緒に行動している少年です。彼については話すと長くなりますので、後に回しておきましょう」
宮田さんが質問をして、それを私が返すというパターンで話していく。ある程度は誘導してくれるので、話しやすかった。
他の人についても話し、残すは宮田さんと牧野さんだけになった。
この二人については話しづらい。特に牧野さんについては。
「宮田さんは屍人を救うために、命を代償として宇理炎を使って死んでしまいます」
「私が?」
宮田さんが怪訝そうにそう言った。彼のその時の心情を考えてもらうには、まだ提供すべき情報が残っている。
しかし、私はそれを話すかどうか戸惑ってしまう。どうすることが正しいことなのかわからない。
「それで、私は……?」
牧野さんの不安げな表情を直視することが出来ない。彼の最期はあまりにも悲惨すぎるし、被害者と加害者が揃っているこの場で言うべきなのかわからなかった。
私の様子から間接的に良い最期ではないと悟ったのか、牧野さんは真面目な顔をしてこちらをしっかりと見つめた。
「私なら大丈夫ですから」
「牧野さんは……宮田さんに、殺されてしまいました」
「……どうして?」
「詳しいことはゲーム内では明かされていません。本当は事故なのかもしれないんです。けれど、大抵は宮田さんが牧野さんを殺したと考えられています。ですから、どういう状況なのかということを話したいと思います」
唇を舌で湿らしてから、途中で止まってしまったらもう二度と口を開くことはできないといわんばかりに一気に話す。
しかし、彼らの心情についてはあまり触れなかった。私が安易に話していいような内容だとは思わなかったし、もしも互いの思いを知ることになってもそれはお互いの口から話すべきなのだ。
宮田さんの行動や、また牧野さんの終わり。それらを全て話して、私は強張った肩の力を抜くように息を吐いた。
そして、少しだけ滲んだ涙を拭った。まだ若いのに涙腺が弱くなってしまったのか、冷静に話そうとは思っていても感情移入してしまい、思わず涙ぐんでしまったのだ。
「どうして、貴女が泣くんですか」
「……すいません」
「いえ、謝らなくても結構ですよ。むしろ……ありがとうございます」
宮田さんの呆れたような声に思わず謝ってしまった私を牧野さんが慰めてくれる。同じ顔に反対の行動をとられると、少しだけ不思議な気持ちになってしまう。
私が落ち着くまで皆待ってくれた。そのことにお礼を言ってから、私は再び話しておいたほうがいいであろうことを話すことにする。
そして、それはまたもや牧野さんに衝撃を与えることになるかもしれないことに、胸の辺りが痛くなった。
「この異変のそもそもの原因は、八尾さんにあるんです。彼女は1300年以上前に、飢えをしのぐために堕辰子を――神を食べてしまったんです。そして、彼女は呪いを受け、永遠を生きる身となってしまったんです……そして、彼女は呪いを解くために儀式を行い続けました。本来なら、今回の儀式が済めばそれで終わりだったはずなのです。しかし、儀式は失敗してしまい、村ごと異界に取り込まれました。27年前も村は異界に取り込まれたんです」
私の言葉を聞いて、皆一様に何かを考え出す。そんな中で牧野さんだけが、呆然と突っ立っていた。
私も話すべきことを整理して、そうしてそれからまた色々と話し出す。牧野さんのことが気にかかるが、そこは見ないようにした。
その後、私は八尾さんのこと、堕辰子のこと、須田君や美耶子ちゃんのことについて話した。
随分と長く話していたので喉が渇いたが、生憎ここの食べ物は食べられないので我慢するしかなかった。唾で喉を潤せないかと考えそれを試してみたが、大して効果はなかった。
私は難しい顔をしている四人を見上げる。その視線に気づいたのか志村さんがこちらを見た。
「お前はどんな風に異変を解決しようと思ったんだ?」
「原作通りに宇理炎を使うか……不確定ですが、私の特殊能力みたいなものを使おうかと」
私のあるのかないのか良く分からない能力について、ここまで来たのだから躊躇する必要はないだろうと思い、打ち明けてみる。
私の言葉にやはりというか、皆一様に不思議そうな顔をした。そして皆を代表してか、宮田さんが私に尋ねる。
「能力、とは?」
「言った言葉を叶えることが出来るかもしれないんです。腿の怪我の治りが早かったのも、そのせいかと」
「確か、さんのいた世界には別段そんな能力がある人がいるわけじゃないんでしたよね?」
「少なくとも、私は知りません」
「貴女にその能力があるという自信は?」
「……正直、自分でも半信半疑です。ですから、宇理炎が使えなかった時の保険のようなものかと思っていただければ」
「宇理炎は誰が使うんですか?」
「もちろん、私です」
宮田さんも私の答えは分かっていただろうが、それでもなお尋ねてきた。それに私は彼の想像通りであろう返答をする。
そんな私を彼は目を細めて見つめ、そしてゆるゆると息を吐いた。
「どうしてさんがやる必要があるんですか。貴女でなければいけない理由がありませんよ」
「ありますよ。私はもう元の世界に戻れませんが、貴方達にはその可能性があります」
「では、私が赤い水を飲んだら、私がやってもいいんですね?」
宮田さんの無茶な発言に思わず目を丸くしてしまう。彼がこんなことを言うとは思わなかった。
しかも、宮田さんに続いて牧野さんまで名乗りをあげる。彼もまた宮田さんのときとは違う意味で、こんなことを言うとは思わなかった。
「被害は最小限に食いとどめたほうがいいじゃないですか」
「さんの言うことはもっともだ。かといって、彼女一人を犠牲にしたくはないがな」
多聞さんが私の考えに賛同してくれた。志村さんも呆れが混じったような視線で双子を見ていた。