「それじゃあ、行くとしますか」
結局、目が覚めていなかった美浜さんを牧野さんが背負い、医院に戻ることとなった。
前田夫妻には護身用として鉄パイプを拾って渡しておいた。
といっても、大抵の屍人は主に宮田さん、時々私と言った感じで倒すので心配はいらないだろうけれども。
宮田さん、前田夫婦、牧野さんに私といった順番で、歩き出す。
正直、私は最後尾であったことにほっとしていた。欲を言えば、先頭が良かったのだが、この村に詳しくはない私に案内役は務まらないだろう。
真ん中ならば、きっと後ろからの視線が気になって仕方がないだろう。先ほど、あんなことがあったばかりに、私は中々宮田さんと牧野さんを直視することが出来なかった。
私はまた後ろから美浜さんを支えながらも、周りの気配をうかがって歩く。
牧野さんは何か言いたそうな顔をしているが、それは見なかったことにして、黙々とただひたすら歩いた。
そんなとき、視界の端で何かが動いたような気がした。
不思議に思ってそちらを見ると、今度はしっかりと白袖が翻ったのを見た。
それは暗闇の中でも何故だかはっきりとわかり、まるでそれ自体が輝いているようだった。
「待って!」
おかしいだとか怪しいだとか考える前に、私は白袖の持ち主の後を追いかける。
そんな私の突然の行動に先を歩んでいた人たちが驚いて静止の声をかけてきたが、そんなものに構っている暇などなかった。
何故だか私の心は焦燥感で満ち溢れていて、彼女のもとをたどり着かなければいけないと、そう義務感を感じた。
彼女は走っているようには見えないのだが、それでも全速力で追いかける私は追いつけない。
淡く輝く白袖が時折見え、それを頼りに走っているだけだった。
そうして、どれぐらい走ったのだろうか。私は気がつくと、廃れた神社の前に立っていた。
その神社は小さかったが、手入れさえしていれば威厳を感じられるであろうほどの凝った意匠が施されていたが、それを台無しにしてしまうほどの汚れ具合だった。ところどころ板が外れているし、蔦も絡まり、石には苔が生している。
まるで忘れ去られたかのように、その神社はひっそりとそこにあった。
私は言い知れぬ懐かしさを覚え、そこにゆっくりと近づいていく。
神社しか目に入らなかった。周りのことを気にしてなんかいられなかった。
そして、私は社の扉の前に立つ。唾を飲み込み、腐りかけている扉に手をかけ、少しずつ開いていく。
この先には、一体何が待っているのだろうか。
不思議と恐怖などの負の感情はなく、期待やそんなもので顔が綻んでいるのがわかった。
神社内も、外と変わらず廃れてしまっていた。気をつけて歩かないと、床が抜けてしまいそうだった。
私はそれほど広くはない神社内の、奥に祭られている御神体を見やる。
それに、気がついたら手を伸ばしていた。
触れた感触は木のもので木材独特の温かみを感じて、何故だかそれがとても愛おしいものに思えてきた。
それをぎゅっと抱きしめる。私の手二つ分ぐらいの大きさの御神体を抱くことは大して苦ではなく、むしろずっとこうしていたいと思えるほどだった。
そうして、暫くたったころ、何処からか私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
これは……宮田さんのものだろうか?
そう考えて、思い出した。私があまりにも勝手な行動を取ってしまったことにだ。
慌てて御神体をもと在った場所に戻し宮田さんのところへ向かうべく、御神体に背を向ける。
そして、驚きで呼吸すら出来なくなってしまった。
扉の前には一組の男女が立っていた。
二人ともこちらからは暗くなっていてよく見えないが、二人は神職についてる人のような服装をしていた。
「誰……?」
ようやく我を取り戻し、そう彼らに問いかける。
しかし、二人は答えることなく私をただ黙ってみているだけだ。それでも、沈黙がつらいと思うことはなかった。
私も彼らを見続ける。彼らの顔を見てみたいと、そう強く思った。
「さん!」
二人を食い入るように見つめていると、不意にそんな声が聞こえてきて、宮田さんの白い白衣が翻るのが見えた。
彼を見つけたその瞬間、私の前に立っていた二人は掻き消えるように消えてしまった。
その事実に呆然として突っ立っている私のところへ、宮田さんがずかずかと近づいてくる。そして、私の肩を掴むと揺すりだす。
「わわ! な、何するんですか!」
「貴女がボケッと阿呆面で立っているものだから、正気に戻させようと思いまして」
そうしれっと悪びれもなく言う彼だったが、その額には汗が浮かんでいて、私を必死で探していたことを窺わせた。
それにとても申し訳ない気持ちになる。
「……すいません」
「見つかったらいいです。ところで、何故突然このようなところに?」
「人がいたような気がしたんです。その人を追って、気づいたらこの神社の前にいたんです。で、なんとなく気になって」
悪い雰囲気を何とかしたくて乾いた笑い声を漏らしながら答えた返事を聞いて、彼は盛大に隠すことなくため息を吐く。
それに対して文句を言えるような立場にいないので、私は甘んじて突き刺すような視線を受け止めることにした。
暫く宮田さんは私を無言で責めていたが、何も言わずうつむいているだけの私に痺れを切らしたのか、私の右手を乱暴に掴むと引きずるように歩き出す。
突然の彼の行動に慌てふためいている私を、宮田さんはじろりと見たが何も言わずに歩き出した。
握られている右手首は痛く、また彼自身が殺気立っているのも相まって、恐怖で何も言うことが出来なかった。
私の歩幅なんて考慮せず、ただひたすら早足で歩き続ける宮田さんだったが、不意に何を思ったのか立ち止まった。
そんなこと全く予想していなかった私は、彼の背中に衝突してしまったが、彼はよろめいたりもせず前を見続けている。
宮田さんが何を考えているのか全く分からず、私は彼が何か行動に出てくれるのを待った。
「心配したんですよ」
「すいません」
宮田さんの言葉に私は謝ることしか出来ない。彼がどれだけ探してくれたのか想像できるだけに、何も言えなかった。
また宮田さんは何も言わなくなったが、私も口を閉ざす。
気まずい沈黙が流れる。あの不思議な一組の男女との間に流れた無音のときは、こんなにもつらいものではなかったのに、宮田さんとの静かなときは少し怖くて、つらい。
怖くてつらくて泣きそうになったが、そこは唇をぎゅっと噛み締めて我慢する。
「……今後、勝手な行動は控えてください。貴女はいいかもしれないが、心配するこっちの身にもなってください」
「すいませんでした」
「わかってくれたのなら、いいです。早く牧野さんたちのところに戻りましょう。彼も心配していますよ」
宮田さんはそう言って、握る手の力を緩めると、今度は先ほどよりもゆっくりと歩き出す。
そんな心遣いと彼の言葉に、嬉しくなって不謹慎ながら頬がゆるむのがわかった。
宮田さんも牧野さんも心配してくれている、そのことが嬉しかった。
そう思って今度は別の人物も浮かんできた。それは志村さんや依子さん達だった。彼らも、こんな私のことを心配してくれている。
自惚れかもしれないが、今はその優しい想像に浸っていたくなった。