「永遠の若さ……永遠の若さ……永遠の若さ……永遠の若さ……永遠の若さ……」


何かに憑かれたようにそういつまでも呟きながらふらふらと歩く美浜さんを見つけて、取り返しがつかなくなる前に彼女を捕まえる。
美浜さんは捕まれた腕を乱暴に振るって、私を払いのけようとする。
しかし、ここで離してしまったら、ここまで来た意味が無くなってしまう。
彼女の両腕をしっかりと握って、私のほうに無理やり向かせる。彼女はきっと私を睨みおろした。


「何すんのよ!」

「貴女こそ何をするおつもりですか。自ら屍人になろうなどと」

「そうすれば、永遠の若さを手に入れられるのよ! 邪魔しないで!」

「今まで何を見てきたんですか? あんな化け物になりたいなんて、狂ってるのもほどがあります!」

「あんたに関係なんてないでしょ!」


彼女が声高に私を罵倒するので、私も剥きになって声を張り上げてしまう。
その声に釣られてやってきた屍人は、宮田さんが速攻で殴り倒していた。牧野さんは相変わらずおろおろとしていた。
美浜さんは、女性のものとは思えないような力で暴れだす。
そんな彼女と悪戦苦闘しながら何とか説得をしようと試みていると、不意に宮田さんが近づいてきた。
助けてくれるのかと期待交じりに彼を見たが、宮田さんは斬新な手段で美浜さんを大人しくさせてくれた。
なんと彼は、彼女の首筋に手刀を華麗に決めて、美浜さんを黙らせてくれた。ぐったりと私のほうに倒れこむ彼女を、私は慌てて受け止める。


「永遠の若さを手に入れるにしても、これじゃあ手遅れでしょうに」


呆然と宮田さんを穴が開くほど見ている私を無視して彼はそう呟くと、踵を返し別の方向に歩き出す。
一体、彼は何をしたいのだろうか……?


「あの、宮田さん……?」

「何ですか」


律儀に足を止めて、こちらを振り向く宮田さん。
その顔を見て、彼を呼び止めたこと過去の自分を殴りたくなった。


「何処に行かれるんですか?」

「教会ですよ。彼女はもう保護したんだから、さっさと向かいましょう」

「保護っていうか、気絶させただけじゃ……。これじゃ、起きたらまた暴れますよ」

「でしたら、また気絶させればいいでしょう」

「……。彼女は誰が連れて行くんですか?」

「牧野さんにでも頼めばいいでしょう」


彼の返答を聞くたびに、口が大きく開いていくような気がする。
牧野さんも私と同じような反応をしていた。それが正常な人間の反応だろう。
宮田さんが私が言葉を発せれないでいるのを見ると、再び歩き出してしまう。
私はというと、腕の中にいる女性をどうするべきか――連れて行くしか道はないのだが、私と牧野さん、どちらに預けるか考えることにした。
結果は、彼に任せるのは些か不安ということで、私が背負っていくことにした。
色々と疲れが襲ってきてそれを逃すためにため息をついてから、私は牧野さんのほうを向く。
一人で背中に乗せるのは骨が折れる。だから、彼に手伝ってもらおうと思ったのだ。


「まき」

「あの! 私が彼女を背負いますので、背中に乗せてくれませんか?」


呼びかけた声は、牧野さんの声によってかき消されてしまった。
牧野さんは私に背を向けて立っている。こちらを振り返る顔には、曖昧な笑みを浮かべていた。


「大丈夫ですか?」

「さすがに女性に背負わせるわけにはいきませんので」


その女性に守られるのもどうかと思いますけど、そう言いそうになった言葉は寸でのところで飲み込まれた。
私もストレスとか疲れとかで、結構苛立っているようだった。そんな自覚は全くなかっただけに、少しだけ驚く。
牧野さんが動かない私を、不思議そうに、心配そうに見てくる。
その視線に気づいた私は、何でもないというように笑ってから、少ししゃがみこんでいる彼の背中に美浜さんを持たれ掛けさせた。
牧野さんは美浜さんの両腿を押さえて、しっかりと腰を上げる。
その顔は少しだけ歪んでいたが、私の視線に気づくと微笑を貼り付けた。
気を利かせているつもりなのだろうけれど、つらいのがバレバレだ。
そう思ったが、彼の顔を立てるためにも私は気づかない振りをして、それでも少しだけ心配だったので後ろから私も美浜さんを支えることにする。


「助かります」

「いえいえ。つらくなったら言ってくださいね。いつでも代わりますので」


そう言うと、牧野さんは複雑そうな顔をする。
そんな彼に笑いかけてから、数メートル先で待っていてくれている宮田さんのほうへ歩き出した。






「すいませーん! 誰かいませんかー?」


むしろ、誰もいなかったら困り果てるところだが、それでもそう言って教会の扉を開けた。
軋んだ音を立てて扉を開くと、そこには寄り添いながらこちらを驚いて凝視している前田夫妻がいた。
怯えている二人に敵意はないと両手を挙げて示してみせる。
そして、微笑みながら彼らに近づいた。


「えっと、貴方方も避難してきた方ですか?」

「ということは、貴女も……?」

「いえ、私は人を探しているんです。前田知子ちゃんのご両親を探しているんですが、心当たりはありませんか?」


白々しいなと思いながらも、そう話す。後ろから(多分宮田さんだ)鼻で笑い捨てるような声が聞こえてきたが、気にしてはいけない。
私と彼らは初対面なのだから、こうしないといけないのだ。
誰だって知らない人が自分のことを知っていたら警戒するはずだ。


「知子は無事なんですか!?」


知子ちゃんのお父さんである隆信さんが、目を見開いて私に詰め寄る。
その気迫に押されて思わず後ずさりしながら頷くと、隆信さんは妻の真由美さんと手を取り合って、涙を流して喜んだ。


「貴方方が知子ちゃんのご両親なんですか?」

「はい。探しに来てくれて有難うございます! それで、知子は……?」

「知子ちゃんは宮田医院にいますよ。あ、他にも大人がいますのでご安心ください」

「よかった……」


そう言って、再び泣きだす彼らを見つめる。
これが、子を思う親というものなのだろう。
私では絶対に手に入れられないもの――無償の愛情を貰っている知子ちゃんが羨ましくなった。
これが普通の家族の姿というものなのだろう。私とは、無縁のもの。
私は、とりあえずは二人をそのままにして、宮田さんと牧野さんのほうを振り返った。
牧野さんは美浜さんを手ごろな椅子に寝かせると忙しなく辺りをうかがっている。宮田さんは座って休むこともなく、立ったまま私のほうを見ていた。
そんな彼とばっちり視線が合う。
視線を逸らすこともできずに彼をじっと見つめていると、宮田さんは目を細めながらこちらのほうに歩んできた。
彼が何をしようとしているのか分からなかったが、それでも視線を逸らすことなく彼を見続ける。
宮田さんは私のすぐ前まで来ると、再び私をじっと見つめ続ける。そして、どれぐらいそうしていたのか、ようやく口を開いた。


「どうしたんですか……?」

「え?」


宮田さんにしてはらしくない、心配そうな声でそう問われた。
私は意味が分からず、私はぼけっと彼の顔を見つめた。
宮田さんはいつも通り眉間に皺を寄せていたが、それでもどことなく柔らかさを感じられるものでもあった。


「泣きそうな顔、してますよ」


そう言われて、思わず手を両頬に当てる。
そんな顔、していたのだろうか。全く自覚がなかった。
私はその事実に呆然としながらも、気を取り直して乾いた笑い声を漏らす。


「な、に言ってるんですか。そんなことないですよ」


心配いらない、と言っても宮田さんは聞く耳を持たず、尚も私の顔を見続けた。
恥ずかしさとか気まずさとかがごちゃ混ぜになって、私の頭の中をぐるぐると回る。
そんな異様な雰囲気に気づいたのか、牧野さんが私たちのほうにやってきた。そして、彼は私の顔を見るなり、一瞬だけ目を見開き、それから眉尻を下げて私に駆け寄って口を開いた。


「どうかしたんですか? 私には泣きそうに見えるのですが……。もしかして、宮田さんが何か失礼なことを?」

「何言ってるんですか。俺も彼女を心配して」


牧野さんまでもが、そう私の顔を見てそう言った。そんなにも酷い顔をしているのだろうか。
俯いてしまった私を見て更に心配したのか、二人は口喧嘩をやめる。


「あの、本当に何かあったんですか……?」


気遣わしげな牧野さんの声が耳に飛び込んでくる。宮田さんも何も言わないものの、そっと肩に手を置く。
言い知れない温もりを感じて、それから私の目蓋が熱くなるのを感じた。
留めようとする暇もなく、目蓋に溜まったそれはぽたりと零れ落ちる。
それを見て、心配に拍車をかけてしまったのか、更に牧野さんが慌てだすのがわかった。


さん?」


宮田さんの、本当にらしくない声が聞こえる。
そういえば、初めて名前呼んでもらったな、なんて冷静な自分がそう思う。
二人に悪いとは思うものの、涙は止まらず零れ続けた。
牧野さんは私の垂れ下がった両手を握り締めて励ますように何やら話しかけてくる。宮田さんは相変わらずの無口だったが、肩に置かれた手はいつのまにか両肩を抱き込むようにされていた。
何でこんなにも涙が流れるのか分からないが、彼らをこれ以上心配させまいと必死にそれを押し留める。
そうして、ようやく収めることに成功し、鼻を一回すすると顔を起こす。
目の前にいる牧野さんと横から心配そうに覗き込んでくる宮田さんに、きっとぎこちないものだろうが笑いかける。


「大丈夫ですよ。すいません、見っとも無いところをお見せして。…………美浜さん、そろそろ起きるかな?」


何も言わずにいる二人を押しのけて、わざと明るい声を出して寝ている美浜さんのところに早足で向かう。
何故、あんな風に泣いてしまったのかわからなかったが、今は原因を考えるよりも一人になりたかった。


「話なら、いつでも聞きますよ」

「わ、私だって! いつでも何でも話してくださって構いませんから!」


後ろからかかった声に、また目頭が熱くなった。
彼らは――この世界の人は、どうしてこんなにも温かなのだろうか。
どうしてこんなにも涙腺が弱くなっているのかは分からない。でも、この涙は悲しみによるものではない。それだけは確信できた。