1時間ほど休憩を取り、私たちは蛭ノ塚に向かうこととなった。
宮田さんは当然のごとくネイルハンマーを所持し、私と牧野さんは鉄パイプを持った。牧野さんは役立ちそうにないが、それでも持たせないよりかはマシだ。


「…………」

「…………」

「…………」


それにしても、会話がない。
先をずんずんと歩いていってしまう宮田さんの時折見える顔は機嫌がいいとはいえないものだし、私のすぐ前を歩く牧野さんはおどおどと挙動不審に辺りを見回しながら歩いている。しんがりを勤める私はというと、そんな空気の重さに耐えきれずに叫びだしたかった。


「うわぁ!」


そんな私の代わりに叫んでくれたわけではないだろうが、突然牧野さんが小さく声をあげて、前のめりに倒れそうになっていた。
慌ててその腕を引っ張って、バランスを取らせる。やはり、異様な絵に少しだけ泣きたくなったが、ここは我慢だ。


「すいません」

「いえいえ。足元は気をつけてくださいね」

「満足に歩くことも出来ないんですか」


励ますように微笑みかけながら、牧野さんに注意を促しておく。屍人のことは私と宮田さんが気をつけておくから、自分の安全を確保して欲しい。心の底からそう思うが、そんなことを言おうものなら彼はきっと傷つくだろう。
そう思って、何も言わなかった私の心遣いを無視して、宮田さんが棘のある言葉を吐く。
牧野さんはそれを聞いて申し訳なさそうに項垂れていた。


「……そういう言い方はないかと思いますけど」

「しかし、事実ですので」


流石に牧野さんが不憫に思えて宮田さんに言い返してみるが、あっさりと返されてしまう。
なおも反論しようとする私を牧野さんは苦笑しながら宥めた。


「とにかく、足手まといにはならないでくださいね」

「はい。すいませんでした」


宮田さんのそう言い捨てると、さっさと歩き出してしまう。私たちも慌ててその後を追った。


「……気を悪くしないでくださいね」


人のことを考えない早足で歩み続ける宮田さんに二人並んで付いていくと、不意に隣から声が聞こえた。
牧野さんが何のことを言っているのかわからず、首を傾げて彼を見る。


「宮田さんは……不器用な人だから」


そう呟かれた言葉から、牧野さんが宮田さんのことをどう思っているのか少しだけ分かったような気がした。
確かに、怯えているのだろうし、怖いのだろう。実の弟とはいえ、何を考えているか分からないような仏頂面をしているのだから。
しかし、かといって嫌いだというわけでもないのだろうと思った。根拠は、そう言った彼の顔がわずかに温かいものだったから。


「……そうですか」


双子の関係は、確かに良いとはいえないものだろう。しかし、修復不可能というわけではないのだろう。双子が歩み寄れば、まだまだ可能性はある。
その事実が嬉しくて、顔が綻ぶ。
誰にも幸せになってほしいが、その中でも特に双子の最期は悲しすぎた。牧野さんの最期はあまりにも哀れすぎるし、宮田さんだって人間として死ねたがそれでも救えるものではなかった。
私に彼らを救える力があるのなら、何が何でも幸せにしてあげたい。再び、強くそう感じた。





屍人がいたら主に宮田さんが素早く撲殺をするというパターンで、私たちは蛭ノ塚までたどり着いた。
ここに来るまで一番宮田さんが活躍していた。私も数人倒したが、それでも彼の比じゃなかった。もちろん、牧野さんは後ろで小さくなっていた。


「着きましたけど、どこに向かえば?」

「3時半ぐらいに水蛭子神社の湧水の近くで見つけられると思います」

「まだ時間がありますね。……神社で休むとしますか」


私たちの意見を聞かず歩き出す宮田さん。その後を追う私と牧野さん。先ほどから、こんな光景なばっかりのような気がする。
そうして、私たちは神社についた。数時間前にも、ここで休んでいた。あの時は知子ちゃんと一緒だったから、神経を張り詰めていてよく休めなかった。しかし、今回は休めそうかというと、そうでもなさそうだった。なぜなら、一緒にいる人が問題だからだ。
無言が痛い。空気が重い。
此処に来るまでも、こんな雰囲気ではあったが、あの時は歩いていたのでそれで気を紛らわすことも出来た。
しかし、今はすることもなく、座っているしかないのだ。この場に依子さんがいれば大分マシになるんだろうが、彼女は生憎ここにいない。
誰かお願いだから、この空気を破り捨ててくれ。これなら、まだ屍人を相手にしていたほうがマシかもしれない。
そんな私の切実な願いが聞き届けられたのか、宮田さんが不意にこちらを見て口を開いた。


「そういえば、どうしてここに人が来ると知っているんですか?」


会話を振ってくれたのは嬉しい。しかし、話題は私にとってあまりよろしくものだった。
いつかは突っ込まれることだとは思っていたが、こんな時に話を振って欲しくはなかった。
牧野さんも気になるのか、私のほうを見ている。


「えっと、ですねー……勘?」

「ふざけてるんですか」


これはないだろうと自分でも思えるほどの誤魔化しは、あっさりと一刀両断されてしまった。
さてはて、なんと説明すればいいのだろうか。
私が異世界から来たということは、既に志村さんに話している。だから、ばれても問題はないはずだ。
そう理解してても躊躇ってしまうのは、正直に話して気の触れた人だと思われるのが嫌だから。


「で、どうしてなんですか?」


どう話すべきか悩んでいる私に、宮田さんは圧力をかけてくる。牧野さんも無言だが、宮田さんとは別の圧力をかけてきた。
やっぱり、双子ってことなのかな。


「あー……笑わないでくれますか?」

「内容によります」


そこは嘘でも頷いて欲しかったが、宮田さんは正直にそう言った。
頭痛がしてくるような気がしたが、私は覚悟を決めて話すことにした。


「私は、この世界の人間じゃありません。別の世界から来ました」

「それはそうでしょう。私だって、こんな狂った世界の人間じゃありませんよ」

「違うんです。宮田さんがいた世界とはまた違った世界なんです。そこでは、昭和はもう終わって平成という年号に変わっています」


私の説明を聞いて、宮田さんは顎に手をやって考え込む。
牧野さんの様子は暗くてよく分からないが、雰囲気から驚いているように感じた。


「それと、貴女が人の動きを把握していることにどんな関連が?」

「私の世界では、この世界がゲームになっているんです。キャラクターを……例えば、宮田さんを操作して、この異世界をさまようんです」

「そのプレイキャラクターの一人が、ここに来ると?」

「はい。今のところ、元の話どおり進んでいますから、きっと来ると思います」


これ以上は突っ込まないでくれ。そう切に願う。
これ以上――例えば、ゲームの結末などを聞かれようものなら、私は硬直してしまうだろう。
それを見れば、勘の鋭そうな宮田さんのことだ。きっと、最期がどうなるかどうなるか分かってしまうだろう。
宮田さんは、まるで真偽を見定めるように目を細めて私を見る。
心臓が体に悪そうな動きをしている。冷や汗も流れてきている。やはり、屍人よりも彼のほうが怖い。


「そちらの世界の人は、皆貴女のように傷の治りが早いんですか?」

「え? ……あぁ、別にそんなことはないですよ。こちらの世界の人間となんら変わりないと思います」

「では、何故貴女の怪我はすぐ治ったんでしょうか?」


予想にしていなかった方向から攻められて、私はとっさに正直に話してしまう。
そして、そんな軽はずみなことをしてしまったことをを次に投げかけられた質問を聞いてから猛烈に後悔する。
私だって、あれには驚いたのだ。
冗談半分で呟いたことが、本当になってしまったのだから、驚くのも無理はない。
原因と思えることだって、真偽のほどはかなり怪しい。
言葉にしたことを実現できるなんて、普通の人間に出来るはずはない。
しかし、分からない、なんて答えを宮田さんは求めていないようだ。
仕方なく、私の考えを包み隠さず教えることにした。


「別に、おかしなことではないですよ。私たちだって幻視を使えますからね」

「でも、それは羽生蛇村の人か、赤い水の影響を受けた人だけじゃないですか。私は至って平凡な家庭に生まれ育ったのに」


生まれた時のことは覚えていないが、私は本当に代わり映えのしない家庭で育ったのだ。
私の家族は普通の人らしく生活し、普通の人らしく私をその生活から遠ざけた。気味悪がった。
宮田さんは私の言葉を聞いて、更に深く悩みだす。
これは迂闊に声をかけるべきじゃないと判断して、私は今度こそはと体を休めることにする。
しかし、その予定は私の袖を軽く引っ張る牧野さんによって、出来ないのだと悟った。


「どうしました?」


まさか、牧野さんがゲームに関して深い突っ込みをしてくるんじゃないだろうな。
そう思って、思わず身構える。


「あの……そのゲームには私も出てたんですか?」

「出ていましたよ。操作できるキャラでもあります」

「私ってどんな評価だったんでしょうか?」


これはこれで、答え方に悩んでしまう質問だった。
正直に言ったら、彼はショックを受けるだろう。しかし、かといって良い言い回しが思いつかない。
目をキラキラさせている彼には悪いが、正直にそのまま話させてもらうことにした。


「えっと……ヘタレとか八尾コンとか、でしょうか」

「八尾……コン…………?」

「マザコンとか言いますよね。で、牧野さんが八尾さん離れが出来ていないから、八尾コンって……いや、すいません、気にしないでください」


あからさまに肩を落として、落ち込む彼を慰める。
彼は小声でなにやら呟いていたが、しばらくしたら気を取り直したのか、再び私のほうを見る。
そして、小声でこそこそと私に尋ねる。


「では、宮田さんは……?」

「撲殺天使とか、マッドドクターとかサイコとか言われていますね」

「撲殺天使?」

「そういうキャラクターがいるんですよ。エスカリボルグって武器を持って、撲殺する天使が。まぁ、宮田さんの場合はネイルハンマーですけど。ネイルハンマーを持たせたら右に出る者はいない、って有名ですよ」

「牧野さんにネイルハンマーを持たせたら右に出る者しかいないでしょうね」


宮田さんは、どうしてこんなにも唐突に話しに割り込んでくるのだろうか。
あまり、彼にとっては面白くないであろう話をしていただけに、心臓が痛い。
二人揃って驚きで体を飛び上がらせた私たちを一瞥して、彼はおもむろに立ち上がる。


「そろそろ探したほうがいいんじゃないですか?」


そう言われて時計を見てみれば、確かにそろそろ探し出さなければいけない時間だった。
私も慌てて立ち上がる。それにつられて、牧野さんも立ち上がった。