距離が離れていることや、見たことがあるとはいえ行ったことがなかったということのせいで、刈割についたのは9時くらいだった。
志村さん達は竹内さんと出会うことが出来ただろうか。心配になったのだが、いまさら引き返すような真似も出来ない。
彼らの無事を祈りつつ、私はひとまず廃倉庫を探すことにする。
高遠先生達が廃倉庫に確実にいるであろう時間は12時ほどだ。それまで、後3時間はある。
だから、廃倉庫にいる可能性は少ないのだが手がかりはそれしかなく、そこら辺をうろついていれば見つかるであろうという根拠のない考えによって行動していた。
刈割周辺をうろついているうちに見覚えのある灯篭を発見した。確か、これに順番に火を灯せば木る伝が開放され、堕辰子との戦闘の際に焔薙に宿って、その首を落とすことが出来たのだ。
ということは、これは灯しておくべきなのだろう。しかし、火を灯す前に石碑を倒さなければならない。石碑は既に三つ倒されているだろうが、私と共に行動していた志村さんは石碑を倒していない。これは私の純粋なミスだ。今から倒しに行こうかと思ったがそんな時間はなく、一か八かで火を灯すことにした。
そのためには、高遠先生たちが隠れる廃倉庫のドラム缶の上にあるライターが必要だ。
私はそう考えて、先ほど立ち寄った廃倉庫に再び向かうことにした。


「あ……」


そこには既に、高遠先生と春海ちゃんがいた。
二人はそのまま地べたに座り込んでいる。どうやら春海ちゃんは高遠先生に寄りかかって眠っているようだった。高遠先生は私の姿を見つけると、春海ちゃんに覆いかぶさるようにして彼女を守ろうとしながら、こちらを見る。


「私は人間です。安心してください」


手に持った懐中電灯を自分の顔に向ける。ちょっとしたホラーかも知れないが、赤い涙を流していないことはこれでわかるだろう。
そうして、怖がらせないようにと、また春海ちゃんを起こさないようにとゆっくりと二人に近づく。
そうして、高遠先生と向かい合わせにしゃがみこんだ。


「……貴女は?」


今だ不信感の抜けきらない視線で、私に尋ねる。
私は彼女に自分の名前とライターを取りに来たこと、そして、生き残っている人間達を宮田医院に集めていることを手早く話した。


「そうなんですか」

「はい、ですからお二人も宮田医院に行った方がいいでしょうね。……私も、所要を済ませたらそこに行こうと思っているんです」

「あの、もしよろしければ、貴女も一緒に」

「……どうしてもやらなければいけない用があります。大体30分ほどで終わらせれるのですが、それまで待ってていただけますか?」


私の言葉に高遠先生はしばらく悩んだ。
きっと、二人で宮田医院に行くのは心細く、かといって、ここで私を待っているのも不安なのだろう。
その気持ちは十分に分かる。けれど、念のために私は木る伝を解放しておきたいのだ。
彼女達をここで救うと、本来灯篭に火を灯すはずである高遠先生がそれをできなくなる。そうすれば、木る伝の解放というゲーム内においては相当重要なイベントを起こせないのだ。
そのせいで、「どうあがいても、絶望」的な状況には陥りたくない。


「わかりました。私と春海ちゃんは、ここで待っています」

「出来るだけ早く戻ります。どうか、屍人がこの辺りに近づいてきませんように、お祈りしています」


そう言って、立ち上がる。
ライターを手に取ると、少しでも早く、やるべきことを終わらせて、彼女達の元へと帰るために私は駆け出した。






途中、遭遇した屍人を容赦なく撲殺しながら急ぎ足で歩き、ようやく最期の灯篭までたどり着いた。
それにしても、ずいぶんと撲殺するのに慣れたなぁ、と思う。こんなことは慣れるべきではないのだが、この状況下なだけに仕方がない。
今ではすっかり手になじんでいるバットを見る。それは赤いものが付着していて、本来の用途とはかけ離れた使い方をされていることが、明確に分かる。このバットの持ち主に悪いことをしたなと考えて、少しだけ苦笑した。
そうして、気を紛らわしてから、今まで背けてきた現実としっかりと対峙する。
もしも、この灯篭に火をつけても何も起こらなかったら、それはつまり失敗を意味する。
そこで、私は大して役に立たない能力を思い出した。
言った言葉を実現とする力――偶然かもしれないが、一度はそれに救われた。
だから、今度も奇跡が起こるかもしれないと信じて、再びそれをやってみようかと思った。


「木る伝を解放して……!」


そう呟いて、火を灯す。しかしというかやはりというか、何も起こらない。
予想していたこととはいえ、少しだけ落胆する。やはり、私は何の力もないただの小娘なのだ。
それでも諦めきれず、駄目で元々、もう一度だけやってみることにした。
しかし、ただもう一度繰り返すだけでは、意味はないだろう。
そもそも、ローリスクでハイリターンを期待するのが間違っているのだ。よい結果を求めるのならば、こちらもそれなりのリスクを負わなければならない。
そんなことを思って、ではどんなリスクを負うかを決める。
私は右手にすっかり馴染んでいるバットを見た。
これを、賭けてみようか。そうすれば、私は少なくとも高遠先生達の元へ向かうまで丸腰だ。
その間に屍人に襲われようものなら、そこで私の人生も終わるだろう。


「このバットを差し出すわ。だから、木る伝を解放して!」


後半は自棄になって、半ば叫ぶようにして言う。
すると、たちまち不思議なことが起こったのだ。蝋燭にともった赤い火が大きく伸び上がり、私の右手からバットを掠め取る。それはたちまち灰になって、消えてしまった。
呆然としている私を置いて、事態はどんどん進んでいく。灯篭からは青白い球状の靄のようなものが出てきて……私の前で揺らめいている。それを唖然としながら見ていると、その靄の周りにどこからともなく3つの靄が集まりだす。
何なんだろうか、これは。原作通りならば、これらは天へと昇っていくのだ。しかし、それらは私の前に漂っている。
頭が混乱で満たされている私は、更に驚く体験をすることとなった。


――流石はあの方のお子ということなのでしょうね。


そんな声が聞こえてきた。聞こえてきた、というより頭の中に響いてきた、と言ったほうが正しいのかもしれない。直接、脳に聞かせているような気がする。


――しかし、使い方をまだよく分かっていないようだ。

――当然でしょう。彼女は人間、ですから。

「ちょ、ちょっと待ってよ! え、何これ。これって貴方達が話しているの!?」

――いかにも。


一番右の靄が、うなずくように上下に揺れる。
それを見ながら、驚きで鈍くなっている脳で私は考えた。
これは木る伝を解放できた、と思っていいのだろうか。ずいぶんと、原作とはかけ離れているような気がするのだが。


――代償を負って、より高い質の結果を望む、という考え方は合っていますよ。

――……俺らの封印が棒切れで解かれたってのは、癪だがな。

――あまりここに長居するわけにも行きません。さっさと行きますよ。

――無事を祈る。


まったくついていけない意味不明な会話は、事態を把握する前に一方的に終わられた。
靄は私の返事を聞かず、空へと昇っていく。
……これはムービー通りだなぁ。
私はそんなことを考えるのが、精一杯だった。