恐怖を紛らわせるために、小声でお互いの話をした。
といっても、私に提供できる話題は少なく、主に聞き役に回っていた。
そして、知子ちゃんに失礼とは分かりつつも、この先どうするべきかを考える。
6時ぐらいに、志村さんはここを訪れてくれるだろう。
そこから3時間、竹内さんが安野さんを迎えにくるのを待つ。
1時間にすら無駄には出来ないと思った私だ。3時間も何もせずにいるなんて、出来そうにもなかった。
しかも、竹内さんが来るであろう9時から高遠先生が死んでしまう12時までたったの三時間しかない。その上、12時ぐらいに宮田医院にいるであろう恩田さんは双子のお姉さんと同調してしまう。そうなったら、宮田さんに絞殺されておしまいだ。さらに言うなら、明日の午前3時半には美浜さんが屍人化してしまう。
まさに一刻の猶予も争う危険事態なのだ。
こうなったら、また私が単独行動するしかない。
志村さん達がやってきたら、知子ちゃんのことを任せて、刈割に行こう。
廃倉庫とはどこを指しているのか、詳しいことはわからないが、地図もあるし、その場に行って周りの風景を見れば、なんとなく分かるだろう。
志村さんにはまた悪いが、竹内さんが来るまでの3時間ほど、彼女達を守ってもらおう。
……そうだ、賽銭をばら撒いておけば、屍人はそれを拾うのにやっきになってくれるかもしれない。少なくともゲーム内ではそうだった。
「ねぇ、知子ちゃん。何か役に立ちそうなもの、持ってる?」
「えっと、お賽銭箱の鍵を拾ったんですが……これって役に立つんでしょうか?」
「ありがとう。それ、貸してくれるかな?」
怪訝そうな顔をしている知子ちゃんから、鍵を拝借する。
近場に屍人はいないか調べてもらってから、社の前に置いてある賽銭箱に近づいた。
どこに鍵がついているのかよく分からなく手間取ったが、それでもなんとか見つけて鍵を差し込み、蓋を開けた。音を立てないように中に入っていた賽銭をばら撒く。
そうしていると、一発の銃声が聞こえてきた。思わず身を堅くする。手にしっかりとバットを握り、こちらに近づいてくる足音に神経を集中させた。
「……なんだ、志村さんですか。怖がらせないでくださいよ」
「なんだとはなんだ」
そこにいたのは、志村さんだった。その後ろには、きょろきょろと辺りを興味深そうに眺めている安野さんもいる。
二人が無事だったことに安心して、思わず頬が緩む。
「とりあえず、中にどうぞ」
自分の家ではないのだが、そう言って奥に引っ込む。
ばら撒かれたお金を気にしつつも、二人は何も言わずについてきてくれた。
ひとまずは、向かい合って座りあう。しぐさの端々を見てみるに、二人とも相当疲れているようだ。
志村さんなんて、もう大分高齢なのに、女性を一人守りながらここまでやってきたのだ。
そんな彼に、更に無理を強いるのは心苦しいが、何分そうしなければ高遠先生達を救えない。
「貴女がちゃん? 私は安野依子。……ありがとうね」
「えっと、礼を言われる筋合いはないかと……」
「私が助かったのはちゃんのお陰でもあるからね」
そう言って、にっこり笑う彼女に癒される。
安野さんは、確かに空気がよめなくてうざったい面もあるが、それでもゲームを見ている時はそんな明るさに助けられていた。
こうやってお礼を面といわれら経験はあまりなかったので恥ずかしい。もしも、こんな暗がりではなかったら、私の頬が赤くなっているのがばれただろう。
「志村さん、安野さん。こちらは前田知子ちゃんです。この神社に隠れているところを、偶然発見しまして。で、知子ちゃん。こちらは私の連れの志村さんです」
「……よろしくお願いします」
「ちょっとちゃん! そんな他人行儀な呼び方じゃなくて、もっと気安く呼んでよー」
「は、はぁ……では、依子さんで」
「んー、まだまだ固いねぇ! あ、知子ちゃんももちろん私に遠慮しなくていいからね!」
「じゃあ、私も依子さんって呼ばせてもらいます」
私たちのそんなやり取りを、志村さんは微苦笑しながら見ている。
きっと、その間も屍人の動向を探っているのだろう。私がこれからしようとしている行動も含めて、非常に申し訳ない。
しかし、時間はお金を払えば戻ってくるものじゃないのだから、さっさと行動しなければならない。
「あの……私、これから刈割に行こうと思っているんです。そこで先生と生徒が迷っているようなので、助けに行ってきます」
「おい、またか?」
案の定、志村さんは私が先ほど無茶を言ったときよりも怖い顔をして、私を見据える。
知子ちゃんや依子さんも、危険だとか言って、私を説得しようとした。
しかし、既に自分の意思で決めたことなのだ。私は頑なに前言を撤回しようとはしなかった。
そんな私を見て、一番に折れたのは志村さんだった。
「……仕方がないな。あんたは本当に頑固だな」
「すいません。ですが、決めたことなので」
「ちょっと待ってくださいよ! 志村さんはちゃんが心配じゃないんですか? 危ないよ。絶対にやめたほうがいいよ!」
今だ私を引きとめようとする依子さんだったが、何とか説得することが出来た。
知子ちゃんは不安そうに、私の服を握っている。言葉で静止されるよりも、そっちのほうが心が痛むような気がした。
「とりあえず、私は刈割に行ってみたいと思います。そこで、先生と生徒が見つかったら……宮田医院に向かいます」
「……おい、なんだその間は」
一瞬、そのまま美浜さんを助けにいくべきか迷ったのだが、一応は初期の計画通り宮田医院に行くと告げる。
しかし、当然志村さんは私の迷いを指摘してきた。
「時間を見て、どうするかを決めます」
臨機応変に対応すべきだと思い、私はそう言う。
志村さんは渋い顔つきでなにやら考え込んでいたが、どうやら特に何も言う気が無いようだったので、私は立ち上がった。
知子ちゃんと依子さんは、不安そうに私を見つめていた。そんな彼女達を安心させるために微笑んだが、緊張によって強張ったのがわかった。余計に不安を煽ったかもしれない。
「それじゃあ。宮田医院で会いましょう」
「気をつけてね」
私は三人に見送られて、高遠先生と春海ちゃんを助けるべく、神社から出て行った。