その後、隠れられそうな民家で私たちは、休憩をかねて今後どうするかを話し合うことにした。
といっても、この先に起こるであろうことを知らない志村さんが、詳しく計画を立てれるわけではない。
私は、気に入ったものはとことん調べつくす趣味がある。
SIRENだってゲームを実際にプレイしたことはないが、何時にどこで何をしているかぐらいは覚えている。


「えっと、大体5時くらいに大字波羅宿にある火の見櫓のあたりで、女性が屍人に襲われるんですよ。たぶん、彼女が一番最初に危険な目に会う人ですね」


知りえる情報を全て話す。
何故そんなことを知っているのかという質問をしないでくれる志村さんには感謝するしかない。
事情説明を上手くできないだろうからだ。


「じゃあ、そいつを始めに助けに行くか」

「はい。申し訳ありませんが、屍人は志村さんが……」

「いくらなんでも、お譲ちゃんをあてにはしないさ」

「な、なんだか複雑な心境ですが、感謝します」


頭を軽く叩くように撫でられる。
子ども扱いをされているようだが、それほど嫌な感じはしない。
それにしても、こうやって頭を撫でられたのはいつ以来だろうか。というより、撫でられたことなんてあっただろうか……。


「で、その後はどうするんだい?」

「……蛭ノ塚の水蛭子神社に、少女が一人で隠れています。女の子一人では危険なので、そちらに向かおうかと思っているのですが」


知子ちゃんは神社に隠れていたが、志村さんが自殺する際の銃声でそこを出ようとする。
しかし、志村さんが自殺することはもうありえない。だから、知子ちゃんがあそこから出て行くことはないのだ。
といっても、知子ちゃんを救出する際に猟銃を使わざるを得ない場面も出てくるだろう。しかし、逃げ場は一つだけなのだから、きっと途中で遭遇できるはずだ。
いざとなったら、視界ジャックなりなんなりを……。
と、そこで気がつく。
そういえば、私視界ジャックをすることが出来ないんだった。
視界ジャックは赤い水を体内に入れることで誰しもが出来るようになる。志村さんのように、普通の人間でも幻視が使える人はいるようだが、生憎私にそんな特技はない。
本当にただの役立たずじゃないか、私……。


「わかった。……それにしても、女ばっかり集めるんだな」

「仕方ないじゃないですか。男性なら自分の身を守ることも容易です。後回しにするのは仕方がないことですよ。……そりゃあ、戦力外が多くなれば志村さんの負担は増えるでしょうけど。私だって、戦えないわけじゃないんですよ」


そりゃあ、私は自他共に認めるヘタレではあるが、武器を持っても動けない牧野さんよりかは役に立つはずだ。
体力がなければ、腕力もない、視界ジャックも使えない、ないの三拍子がそろっているが、他の人は持っていない未来の情報を私は持っている。
……もしも、未来が変わってしまったら、屑以外の何者でもなくなってしまうが。
そんな私の思考を読み取ったのか、志村さんは再び黙って頭を撫でてくれる。
何の言葉もかけはしないが、それでも私を思いやってくれていることが感じられて、嬉しくなった。


「ぜ、善は急げとも言いますし! 大字波羅宿まで行きましょう! あ、その前に私武器になりそうなものを探してきますね」


嬉しい気持ちは確かなのだが、恥ずかしい気持ちも出てきて、志村さんにそう告げると立ち上がって、この家の周辺で武器を調達しに行くことにした。
志村さんはそんな私の心情すらもお見通しなのか、「気をつけろよ」と一言だけ言って手を軽く振ってくれた。






腕力のない私でも簡単に扱えるような武器といったら何だろうか。
傘……はないな。あれは振るさいに空気抵抗があって大変そうだ。
ネイルハンマー……もないね。短すぎて、攻撃範囲に入ろうとする前に殺されてしまう。
手ごろのところでは、火掻き棒とかだろうか。リーチも長いし、鉄で出来ているのでそれなりな威力がありそうだ。鉄パイプもありだな。
そういったものが室内に置いてあるとは思えず、外にある物置で探そうと思い、外に出る。もちろん、その際屍人の気配を探って、安全だと思ってから行動している。
念入りに辺りを探りつつ、少しずつ物置に近づき、扉を開ける。
そこには当然のごとく、庭の手入れをするための道具などが置かれていた。そして、屍人も。
何で、とか考えるよりも先に行動していた。反射神経のいい私に感謝だ。
私は、こちらを振り向く屍人を見ながらも、扉を閉める。
しかし、閉めただけでは当然意味がない。
踵を返して志村さんに助けを求めようとしたのだが、足がもつれて見事に背中から転んでしまった。
軽くパニックになった私は、それでも悲鳴をあげるような真似はしなかった。
そんなことをしたら、そこら辺をうろついているであろう屍人がよってきてしまう。そうなったら、志村さんに多大なる迷惑をかけるどころか、死んでしまう可能性もあるのだ。
一瞬でそんなことを考えたが、腰が抜けてしまって立てない私には、他にもっと考えなければいけないことがある。この窮地をいかに脱するか、だ。
しかし、いくら考えても何も思いつかず、ノブが回るのを視認すると、無意味にも頼むという行為に出てしまった。


「ひ、開かないで!」


そんなことを聞いてくれるはずもないだろうに、そう思った私の予想はあっさりと破られた。
扉のノブは完全に回っている。そして、扉が押されているのもなんとなくわかる。しかし、何かに押さえつけられているように、扉は頑なに開こうとはしなかった。


「どうした!?」
 

呆然と扉を見ていると、志村さんが猟銃を構えて駆けつけてきてくれた。
どうやら、先ほどの私の懇願が聞こえたらしい。
私が扉を指差しながら震える声で今起こったことを伝えると、志村さんは眉間に皺を寄せながらも、とりあえず猟銃を扉に向けると一発打つ。弾丸は扉をぶち抜き、その向こうにいるであろう屍人に当たった。証拠になにやらくぐもった声も聞こえる。
志村さんは今だ銃を構えたまま扉をすばやく開けると、それを屍人に突きつける。
どうやら、まだ意識があったらしい屍人の頭を打ち抜き、志村さんは私を助け起こすために手を差し出してくれる。
こんなこと前にもあったような気がするな……。そう思いながらも、有難く立たせてもらう。
私は物置の中から手早く、一番扱いやすそうな金属バットを取り出す。ついでに私にとっては必要なこの村周辺の地図も手に入れた。古ぼけてはいるが、何とか読むことが出来そうだ。


「また、助けていただきありがとうございました」

「いや、いい。……それよりも何で扉が開かなかったんだ?」


志村さんの当然の疑問に、私は知らないという意味を込めて首を左右に振る。
本当は、前からこんなことがあったのだ。私が言葉にしたことが、現実になるということが。
といっても、ここまで明確に現れたことがない。
席替えで窓際の後ろの席がいいなぁ、と願ったらその通りになったりと言ったことが前にも度々あった。
偶然で片付けてしまえば、それでおしまいなのだけれど……。
私が過去を振り返っている間、志村さんも考え事をしていたようで、顎に手を当て怖い顔をしていた。
しかし、この場でいつまでも考え事をしているわけにはいかず、そろそろ大字波羅宿に行ったほうがいいかと思い、そこに向かうことにした。