「兼続ってさ、歌上手いよね」


脳内であの曲が何度もリピートしており、ついついそんなことを言ってしまった。
三成や幸村と何やら話し合っていた兼続は不思議そうにこちらを見る。それは他の二人も同じだった。唐突に脈絡もなくそんなことを言われれば誰だってそんな反応をするだろう。それに、私の話し方では兼続が歌っているところを聞いたことがあるように受け取られるだろう。それは半分だけ正しいといえるだろう。私は直接この目で兼続が歌っているところを見たことはないが、聞いたことがあるのだ。私が住まう世界でキャラクターソングという形でだけれども。もちろん、彼らはそんなことを知らない。でも、私はそんなことに構わず再び口を開いた。


「幸村は声が可愛かったし、三成は歌うと性格変わるね」

「……とうとう狂ったか」


どうやら三成は、私が何を言っているのか理解することを止めたらしい。それにしても、女の子になんて言い草なのだろうか。ちょっと苛立ったので頭を小突いてみれば、鉄扇ではなかったにしろ扇で頭を叩かれた。これ以上頭が悪くなったらどう責任を取ってくれるのだろう。


「元から頭が悪いではないか」

「失礼な。そんなんだから、ツンデレって言われるんだ。本当、幸村とは大違いだ。幸村みたいに可愛いくせに、性格は全然可愛くないね」

「あの私は男ですから可愛いと言われるのは……」


三成を睨みつけていたのだが、幸村が可愛らしく眉尻を下げて困ったような顔をしていたものだから、三成に対する怒りはみるみるうちに解けていった。
私は幸村に抱きつきたい衝動に駆られ、その欲望に忠実に幸村へとにじり寄る。幸村は戸惑ったようにしていたが、私から遠ざかるようなことはしなかった。そして、私は頬をだらしなく緩めながら、幸村の背中に抱きついた。


「えい!」

「な、何をなさるのですか!」

「えー、ハグだよハグ。ぎゅうううう」


戦国時代の人にハグなんて言っても通じるわけないのだが、そんなのは私には関係ない。
それよりも何よりも、顔を真っ赤にさせてこの状況を何とかしたそうに見える幸村のほうが私の関心を惹く。彼は優しいので、女である私を力ずくで引き剥がすような真似は出来ないのだろう。
私はそれをいいことに腕に更に力を込める。幸村は武将なのだから、これぐらいは何ともないだろう。
幸村の背中に頭をぐりぐりと押し付けていると、不意に後ろに引っ張られてそのまま後方に倒れてしまう。といっても、大して落差はないので先ほど三成に叩かれたときよりも痛くはなかった。
私と幸村の邪魔をした犯人を横目で睨みつければ、彼は至極真面目な顔でこちらを見てきた。このままお説教モードに入られれば面倒なので、私は咄嗟に起き上がって姿勢を正した。


「不義だぞ」

「……はーい」

「それはそうと、私はここ最近歌を歌った記憶なんてないのだが?」

「俺も無い」

「私もです」

「あー、細かいことは気にしちゃいけないよ。うん」


彼らにとっては当然の疑問をぶつけられて、私は言葉を濁した。説明してもいいのだが、それはとても面倒くさい。それに、あんな曲が世に出ていると知ったら三成が卒倒してしまうかもしれない。知らぬが仏という諺があるくらいなのだから、彼らには言わないほうがいいだろう。
かといって、あんな答えでは兼続辺りが納得してくれないだろう。だとしたら、選択肢は一つ。


「じゃあ、お邪魔な私はそろそろ消えさせてもらいますねー」


静止の言葉がかかったが、私はそれを振り切り走り出す。着物で走るなんてはしたないが、今はそんなことに構っている暇はない。さすがに追っては来ていないようなので、私は後ろを振り返って捨て台詞を吐くことにした。


「幸村、愛してるよ!」

「兼続の美声に惚れたぜ!」

「三成のツンデレ美味しいです!」




































 


自分の家に帰っても何もすることがないので暇つぶしに散歩をしていると、前方に見知った人影を見つけた。
それは、先ほど私の捨て台詞にとても面白い反応を返してくれた人で、私の中でむくむくと悪戯心が芽生えていくのが分かった。
だからといって迷惑をかけたい訳ではないので、彼が何も持っていないのを一応確認してから、その背中に突進した。
突進するということは走るということで、私は忍びではないので足音を立ててしまう。武将である彼は当然私に気づくわけで、それでも私は構わず彼に抱きついた。丁度、こちらを振り向いていたので背中ではなく胸に飛び込むような形になってしまったが、むしろ私にとってはそちらのほうがありがたい。


「や! 調子はどうだい、幸村!」

「良いですけど……って、殿はどうしてこうも抱きつくのですか!」

「人肌って安心できるじゃないか。幸村は嫌なの?」

「いえ、あの、えっと……」


幸村のほうが身長が高いので、私は彼の顔を見上げる形になる。本当に彼はどの角度から見てもかっこいい。しかし、今の顔を赤くして日本語になっていない言葉を零す彼はどちらかといえば可愛らしい。幸村にとってはそれはあまり嬉しくないことなのだろうが、そう思ってしまうのだから仕方が無い。
予想通りの反応を示してくれたことを嬉しく思って、頬が緩んでいく。幸村を見ているととても癒される。これで、戦国武将ではなくただのクラスメイトとかそんな関係だったのなら、本気で恋することも出来ただろう。しかし、彼はあの戦国武将でも一番の人気を誇る真田幸村で、そんな彼と私が釣り合うはずも無いのだ。
珍しくネガティブな思考回路になってしまったので、それらを遠ざけるために幸村の背中に回した手に力を込めた。幸村のことを友達として好きでいようと思っているのに、それとは全く違う行動を取ってしまうのは、私が自分の中で割り切れていないからに他ならない。こんなことをしても後々自分を傷つけると分かっても、それでも体は素直に行動するのだからどうしようもない。ここまで本能的に行動できるなんて、少しだけ自分自身に呆れている部分もある。


「幸村って本当にいい声してるよね。兼続には負けるけどさ」


それは当然嘘であり声も容姿も性格も幸村が一番なのだが、そんなことを言っても意味はない。
ちょっとだけ感傷的な気分になりながら、幸村の胸板に顔の側面を押し付ける。こうすると幸村の心臓の音が聞こえ、彼がここに存在しているということが実感出来て安心できる。
私が戦国時代と現代を行き来できるようになって大分立つが、それでも時々私がこうして触れ合っている彼らが夢や幻なのではないかと思えてしまう。そんな時は無性にこうして誰かに触れて、その存在を確かめたくなってしまうのだ。最初こそ遊び気分でこちらに来ていたが、いつの間にかこの世界の存在が大きくなってしまった。依存しているといってもいいだろう。
いつからこんな風に後ろ向きな考えばかりするようになってしまったのか。それとも、幸村とこうして触れているからその存在を失う時を想像してそうなってしまうのかもしれない。だったらと、私は幸村と離れようとした。
確かに私は一歩後ろに下がろうとしたのだが、それが出来ずに止まってしまう。いつの間にか、私の背中にしっかりと幸村の腕が回っており、しかもちょっとやそっとの抵抗では解けそうに無い程度にきつく私を抱きしめていた。珍しくというより初めて幸村がこうしてくれたことに嬉しさよりもまず驚きを感じ、私は幸村の顔を見上げた。そこには普段あまり見ることの無い険しいといえるかもしれないほどに真面目な顔をした幸村がいた。まっすぐにこちらを見つめてくる瞳に思わず飲み込まれそうになる。だから、私はわざとだらしない笑顔を浮かべて口を開いた。


「幸村、どしたの? なんか積極的だねー」

「私が一番ではないのですか?」

「へ?」

「何であろうと、殿の中で私が一番でありたいのです」

「それはどういう……?」

「先ほど、言いましたよね。私のことを愛している、と。その言葉は誠なのですか?」


この展開は予想していなかった。無駄に冷静にそう思ったが、それは現実逃避というもので、実際のところ私の頭はフル回転のしすぎで要領を得ない単語を生み出している。しかし、それらは言葉として出て行くことはなく、まるで私の頭が幸村の問いの答えを探すことにのみ集中していて、他の指示を体に出そうとしていないかのように思えた。事実、私は何も言えずに硬直して幸村の顔を見ていることしか出来ないでいる。
なんと答えるのが一番いいのだろうか。私の頭の中で繰り広げられる議論の題は正にそれであった。あの時、私が言ったことは紛れもない事実だが、しかし、それを安直にそのまま幸村に伝えるのも憚られた。私の返答次第では幸村の人生を左右してしまうかもしれない。こう考えている時点で、ある種の期待と驕りが私の中であるのだろう。それらは幸村が私と同じ気持ちだという予感とそうだろうという確信であり、また、幸村の気持ちが私のそれより大きいものかもしれないという願望でもあった。
どう答えるべきなのかは分かっている。幸村のためを思うのならば、あれは冗談だと言った方がいいのだ。私と結ばれたとしても、長い目で見れば幸村は幸せになれないだろう。だからといって、あっさりと引き下がりたくないという気持ちがあるのも確かだった。
考えすぎで脳がショートしてしまいそうだった。何度考えてみても、出てくる選択肢は二つだけで他に逃げ道なんてない。後は、私の気持ち次第なのだ。幸村の幸せをとるか、私の幸せをとるか。


「……意地悪だね」

「すみません。しかし、そう簡単に引き下がれる問題ではないので」

「……私の中の幸村って優しい人だったのに。何時の間に、こんな腹黒い子になったのか」

「男とは総じてそんなものですよ」


結局、答えの出せなかった私は話題を変えるという荒業に出た。幸村は話だけは合わせてくれるものの、その顔は私がはっきりとした返事を出すまで放さないと言っていた。
そういえば、幸村は結構頑固者だったと思い出し、私はこっそりとため息を吐いた。といっても、この至近距離だ。気づいたに違いないが、幸村は何も言わずただ黙って私を見ているだけだ。
幸村は真っ直ぐに私に対して思いをぶつけてきているように思える。だとしたら、私も彼と同じようにするべきなのではないだろうか。私は心的負担を軽くするために幸村に責任転嫁をして、ようやく口を開いた。


「あの言葉は誠ですよー。……気づいている癖に言わせるなんて、本当意地悪」


言ってみれば、意外とそれはすんなりと私の体に浸透していく。同時に、私の中にあった蟠りが解けてすっきりとした気持ちになった。
軽く睨みつけるように幸村を見てみれば、彼は私が今まで見てきた中でも一番かっこいいと思える笑顔を浮かべていた。幸村が浮かべる笑顔は大抵可愛いもので、こんな風に異性であることを意識させるような笑みを見たことなんてあまりなかった。お陰で、更に文句を言ってやろうと思っていたのにそれらが出てこない。


「私も殿のことを愛していますよ」


幸村に追い討ちをかけるようにそう言われ、私の顔が熱くなる。不意打ちにもほどがある。それに、今更だがこの体勢も恥ずかしい。私から抱きつくのは大したこと無いのに、こうして立場が逆になると言い知れぬ羞恥心に苛まれる。幸村の胸板を全力で押してみても、ビクともせず。むしろ、更に私を抱く力を込めたような気がする。幸村の酷く楽しそうな笑みがムカつく。


「はーなーしーてー!」

「私がそう言ってもいつも殿は離して下さらなかったじゃありませんか」


幸村の言うことが正論なので、反論の言葉に詰まってしまう。幸村はそんな私を見て、更に笑みを深くさせ、それを見た私に更に苛立ちを募らせた。
抵抗しても無駄なことを理解は出来ているが、かといって大人しく抱かれたままも癪なので精一杯力を込めてみても、幸村は何とも無いようだった。


「仲がいいのはいいことですけど、出来たら他所でやってくれませんかね?」


奮闘している私の後ろから聞き慣れた声がかかったので、ぎこちなくそちらを見る。そこには、楽しそうに苦笑を浮かべるといった器用な表情をした左近が立っていた。
見られた。
その言葉が私の頭の中を飛び回り、そして私の言い知れぬ恥ずかしさもどんどん込み上げてくる。そして、私は渾身の力で幸村を押すと、左近のいる場所とは反対方向に走り出した。一秒たりともあの場所にいることと左近と顔を合わせることが嫌だったし、この恥ずかしさから逃げ出したい気持ちもあった。
その後盛大に足音を立てて走っていたせいで、三成に鉄扇を投げられるまで私が止まれることはなかった。




































 


「いい歌だな」


自分の家に帰っても何もすることがないので暇つぶしに縁側に座って義トリオのキャラソンを歌っていると、不意に後ろから声がかかって思わずその場で飛び上がりそうになった。
気配を全くさせずいつのまにか私の後ろに立っていたのは義トリオの烏賊ポジションの兼続だった。


「びっくりさせないでよ」

「すまんな。それにしてもいい歌詞だな」

「私の歌唱力に対しての賛辞はなし?」

「……まぁ、上手かったぞ」

「その間は何ですか、その間は」


自分でも歌はあまり上手くないほうだとは思っていたので、いっそのことばっさりと本音を言ってくれたほうが傷つかずに済むのに、兼続は微妙に気を使ってお世辞を言う。逆にそっちのほうが傷つくこともあるのだ。
さすがに人前で歌うのも気が引けるので、兼続が何処かに言ってからまた口ずさもうと思ったのに、兼続は何を思ったか私の隣に座った。これは私と話してくれるということでいいのだろうか。だったら、暇をつぶせるので歓迎だ。


「その歌は何処で聞いたんだ?」

「私のいた世界で。あ、そうだ、兼続この歌歌ってよ」


生であの美声を聞くことが出来るかもしれないと思いつき私はそう提案してみたのだ、兼続はあっさりと首を左右に振った。三成は駄目でも、兼続と幸村なら歌ってくれるかもしれないと淡い期待を抱いていただけに少しショックを受けたが、考えてみれば歌う戦国武将なんてそうそう拝めるものではないだろうと自分を納得させる。
他に何か話題でも振ってくれるのかと思っていたが、兼続は綺麗に整えられた庭を眺めているだけで一向に口を開く気配はなかった。なので、私が話しかけることにする。


「普段義だの愛だのうるさいから耳を塞いでるんだけど、兼続の声ってきちんと聞けば美声だよね」

の声もきちんと聞けば心地のいいものだぞ」

「それはどうもありがとう。兼続の美声はあれだね、世に言う耳レイプだね」

「耳れいぷとは何だ?」

「耳が妊娠しそうなほど妖艶な声、って意味かな?」

「ふむ、だったらは私との子を孕むのか」

「いや、そういう関係になってないでしょ」

「だったら、なればいいだけではいいではないか」


下品な内容に怒られるかと思えば、気がついたら雲行きが怪しくなってきた。
恐る恐る兼続のほうを見てみれば不義な笑みを浮かべており、しかも顔が思いのほか近くにあったので心臓が色んな意味ではねた。
距離を取ろうにもいつの間にか兼続の腕が腰に回っており、それのせいで離れることが出来なくなる。抵抗しようにも相手は戦国武将だし男性だしとで、力で勝てるはずも無い。


「兼続さーん? これ、物凄く不義な気がします」

「愛があるのだからいいではないか」

「え、何、愛あるの?」

「もちろん。なければこんなことすると思うか?」

「なるほど。……ところで、私の意見は却下?」

「聞かなくとも分かる」

「すいませーん、ここに頭のおかしな人がいまーす」


きっと私の言葉からは危機感が全く感じられないだろうが、実際問題心情的にも肉体的にも色々と危ない。
兼続は私と会話しながらも、きちんと行動しており、世に言うお姫様抱っこ状態で私を抱えていた。ここまで来れば出来る抵抗なんて、口で罵るだけだ。下手に抵抗して、落とされても困る。


「ところで、兼続。何処に向かってんの?」

「私の部屋に決まっているだろう。……不満か?」

「まずそういう行為に及ぶこと事態が不満です」

「照れているのか? 可愛い奴だな」

「貴方の頭が可哀想です」

「……そんなに嫌なら、抵抗すればいいではないか」

「……それを言っちゃいますか」


何だかんだ言ってはいるものの、私は兼続のことが嫌いではない。むしろ、好きだ。だから兼続と両思いなのは嬉しいのだが、何分展開が急すぎて着いていけないのだ。
兼続が立ち止まって私を見つめながらそんなことを言うものだから、私も見つめ返して答える。兼続とそういうことをするのは嫌ではないのだが、だからといって雰囲気に流されたようでこの状況は嫌なのだ。そこのところを汲んでほしい。そう思いを視線に込めてじっと兼続を見れば、兼続は今度はときめき的な意味で心臓がはねるような微笑みを浮かべた。


「本当に天邪鬼だな」

「……すいませんね」



こうして、私たちは半ばなし崩し的に結ばれることとなりました。めでたしめでた、し?




































 


自分の家に帰っても何もすることがないので暇つぶしに三成の部屋に訪れてみることにした。下手をすれば鉄扇で叩かれるが、それはもう慣れたので大して恐怖の対象になりはしない。


「ツンデレいるー?」


返事が聞こえる前に障子を開け放つと、机に置かれた本を開いた三成が眉間に皺を寄せて睨んできた。
その表情もいつものことなので気にせず三成の部屋に入る。その際、きちんと障子は閉める。


「ねぇ、ツン子何読んでるの?」


物凄く不機嫌そうな顔は見なかったことにして、私は三成の後ろから本を覗き込んだ。全く何を書いているのか読み取れない。何とか読める漢字から察するに、兵法にでも関するものだろうか。私は自分で話題を振っておきつつも、それを少しだけ後悔した。この本の話をしても、三成が私を馬鹿にする機会を与えるだけだ。


「……さっきから何なのだ、ツンデレだとかツン子だとか」

「んー、色々と定義があるけど三成だと初対面だときつい性格なんだけど、時間の経過とともに相手を意識し始めて甘くなる性格のこと? あ、ツンがきついことでデレが甘いことを指してるからね」

「何だそれは」

「三成が私にデレてくれるのはいつなのー? 待ってるんだけどー?」

「そんな機会なんて一生訪れんな」


三成はこれ見よがしにため息をついて、それから本のほうを向いた。これは本格的に私のことを無視する気だ。それを残念に思ったが、勝手に押しかけてきて構ってというなんて、あまりにも自分勝手すぎる。だから、私は三成の観察をしていることにした。庭を見るよりかは断然楽しいだろう。誰だって、好きな人のことを見ているのは好きだろう。
と思っていたのだが、こうもこちらを振り向いてくれないと、それはそれで寂しくなる。こんなにも見つめているのに三成はそれが気にならないのだろうか。こっちを向けと視線で訴えかけてみても、私にテレパシーだとかその手の類の能力は備わっておらず一向に三成がこちらを振り向くことはなかった。
なんだか空しくなってきたので、私はうつぶせに自分の腕を枕にして不貞寝をすることにした。こうすれば、眠るまでの間三成を観察できる。だったら、自分の部屋で眠れよという話だが、こうやって好きな人と同じ空間で寝るのがいいのだ。一人ぼっちで寝ても、孤独感に苛まれるだけだ。
そうして、眠りの世界に半身ほど浸かった時、不意に人が動く気配がして私の背中が温かくなった。同時に僅かに三成の匂いがした。そして、ゆっくりと私の髪の毛を誰かが梳く感じがした。誰か、なんて特定不明の人物ではなく三成だと分かるのだが、私は一瞬それが分からなかった。三成にしてはらしくない。ついにデレ期に突入したのだろうか。感動で雄たけびを上げたい気持ちになったが、そうしてはせっかくデレてくれたのにツンに戻ってしまうかもしれない。私は突き上げる衝動を押さえ込んだ。……のだが、それも三成が発した言葉によって出来なくなった。


「無用心に眠るとは……俺のことを意識していないのか……?」

「デレきたぁああああああああああ!」


鼻息荒く飛び起きてみれば、ずるりと私の肩から何かが落ちるのが分かった。それは三成の着ていた羽織であった。すでに行動でデレを示していたとは……!
三成といえば珍しく目を丸くして、こちらを呆然と見ていた。あ、可愛いな。携帯があったのなら、是非とも写真を撮っておきたい。むしろ、デジカメで撮りたい。


「三成がデレたよ! 左近、お赤飯炊いてくれー!」

「起きていたのか……」


三成の顔が真っ赤になっていく様が、それはそれは可愛らしくて叫びだしたい気持ちに駆られる。しかし、それはグッと堪えた。あまり騒がしくして、女中さんたちに迷惑をかけたくはない。しかしその決意も、少しだけ潤んだ瞳を見た途端崩壊した。


「あぁ、もう可愛いな! 三成、好きだー!」


勢いに任せてタックルをするように抱きつく。三成ともどもその勢いで倒れこんだ。少し頭を打ったが、それよりも私の下で顔を赤くして睨みあげている三成を見ていれば、そんなことは気にならなくなる。どうして三成はこうも可愛い反応をしてくれるのか。
いっそのこと、このまま事に及んでしまいたくなったが、さすがに三成の同意無しにそんなことは出来なかった。なので、さっそく確認することにする。といっても、結果は先ほどの言葉から分かりきっているのだけれども。


「私、三成のこと好きなんだけど、三成はどう思ってるの?」


三成は思っていた通り口を開こうとはしなかった。自尊心の高そうな彼のことだ。そんなことは予想の範疇だった。しかし、こんなことで引き下がる私ではない。


「三成は私のこと嫌いなの……?」


声のトーンを落とし、ついでに声量も小さくか細いものにする。眉尻も意識的に下げて、三成を押さえつける腕の力も抜いた。
すると、三成は焦ったように口を開閉させ、それからようやく小さな声で言った。集中しなければ聞き取れないほど小さい声であったが、私の耳はそれをしっかりと受け取った。


「……俺も好き、だ」

「じゃあ、相思相愛って訳だね! ということで、いただきます!」


三成の着流しの合わせ目に手を差し込めば、三成は赤かった顔を青くし渾身の力で抵抗してきた。しかし、私の煩悩パワーはそんな軟弱な力に負けるはずも無く、かといって、抵抗されればやりにくいのも事実だった。悪戦苦闘していると、不意に頭上から声がかかった。


「……何してるんですか?」

「見れば分かるでしょ!」

「左近、助けてくれ!」


そこには驚きでか目を丸くした左近がいた。左近の質問に私と三成はほぼ同時に答えた。それを聞いて、左近は暫く悩んでいたが、呆れたような笑みを浮かべて私の首根っこを掴んで立たせた。その行動が不満で睨みつけてみても、左近は苦笑いを浮かべるだけだ。その間に三成は乱れた着流しを直していた。そんな様ですら可愛いと思える私は重症だ。


「殿も嫌がっていることですし、今日のところはどうか抑えて」

「……分かった。今度にする」


左近の心労を増やすのは避けたかったので、今日のところは大人しく引き下がることにした。しかし、諦めたわけではなく隙あらばいつでも襲ってやると決意した。


「じゃあ、今日のところは退散するねー。じゃあね、左近。……三成、愛してるぅうううう!」


辺り一体に聞こえるのではないかというぐらい大きな声でそう叫んで私は駆け出した。止まっていると、照れた三成の鉄扇が飛んできそうだったのだ。