庭を照らしている月を見ながら、幸村とは月見酒と洒落込んでいた。
事の発端はが慶次から美味しい酒を分けてきてもらったことだった。普段酒を余り飲まない幸村だったが、今日は半ばが押し切る形で飲むことになったのだった。考えてみればこうしてゆっくりと同じ時を過ごすのは久しぶりで、こうした機会を与えてくれた慶次に幸村は内心礼を言った。
はお酒も入っているからか始終にこにこと笑っていて、幸村もそんな彼女を見て頬が緩んでいるのを自覚していた。
「そういえばさー、この間、また秀吉さんがねねさんに怒られていたんだよねー。茶々さんのところに行こうとしてさ。何というか本当に懲りないよねー」
「そうですね」
もう大分歳を取っているのによくもそこまで元気なものだと、内心感心してしまうのも事実だったが、そんなことを言おうものならから何か言われる予感がして幸村は口を慎んだ。ところが、は何か意味ありげな笑いを浮かべて幸村に近づいてきた。それこそ体と体が密着するほどに。今だこういう触れあいに慣れていない幸村は体を硬直させてしまう。しかし、それを表に出そうものならからからかわれるのは目に見えており、幸村は平静を装いつつ酒の入った杯を手に取った。
「ところでさ、幸村も側室とか欲しかったりするの?」
のその言葉に幸村は思わず口に含んだ酒を噴出しそうになった。それは何とか防ぐことが出来たのだが、酒が気管にでも入りかけたのか咽てしまう。は苦笑しながら、幸村の背をさする。そもそもの原因は彼女なのだが、幸村は礼を口にした。そして、幸村が落ち着いたのを確認すると、が小悪魔的な笑みを浮かべながら、幸村に顔を近づけた。ただでさえ距離が近いのに更に近づかれて、幸村は顔に血が集まってくるのを感じた。
「で、どうなの?」
「私はそのようなことは……」
「ですよねー!」
うろたえつつも先ほどの言葉に否定してみれば、は笑顔をより一層深くして体を引いた。ようやく距離が離れたことに幸村は安堵すると共に、の笑みに少しだけ嫌な予感を抱いた。
「やっぱり幸村は真面目だもんねー。……そういうところがつまらなくもあるんだけど」
幸村の頭を撫でながらぼそりと呟いたの言葉に、幸村の思考は一瞬停止してしまう。冗談かと思っての顔を伺ってみれば、心底つまらなそうな顔をしていたが、幸村の視線に気がつくと何事も無かったかのように微笑まれた。それが逆に幸村の不安を駆り立てた。
「あの、今、何と……?」
「幸村が真面目なのはいいことなんだよ? でも、逆にそれがつまらなく思えることもある、みたいな? その点で言っちゃえば、左近さんとか楽しそうだよね。大人の余裕、みたいな?」
最初から貶されるよりも、一度持ち上げられて地面に叩きつけられたほうが痛みは大きい。しかも、具体的に人名を挙げられて、幸村は相当な衝撃を受けた。呆然として食い入るように幸村に見つめられているは、気にした風も無く酒を口にしていた。もしかしたら、普段思っていることが酒の力によって出てきたのかもしれない。そう考えると、この酒を渡した慶次が憎らしくなった。そして、更に幸村に追い討ちをかけるようなことを言う。
「三成もいいよねー。あのツンデレっぷりがさ。慶次も破天荒なところがあってさ、遊べば楽しいし。そういえば、政宗って意外と女心を理解してるんだよね」
次々と彼女の知り合いの男性の良さを言っていくの楽しげな表情を見ると、幸村の気分はどんどん急降下していく。確かにこうして聞けば、の周りにいる男性達は皆立派に思える。そして、それとは対照的に自分が余りに魅力のない人物に思えてきた。だんだんと俯き気味になっていく幸村に気づくと、はより一層楽しげな笑みを浮かべたが、生憎それは幸村には見えなかった。
「あ。でも、もちろん今一番好きなのは幸村だから安心してよ」
「今、だけなのですね……」
「女心と秋の空、っていうぐらいだしね。先のことなんて分からないよ。でもさ」
俯いていた幸村の顔をがぐいと持ち上げ、視線を無理やり自分に合わせる。幸村の顔は切なげに歪められており、それを見たは一瞬だけ目を細めたが、すぐに何かを企んでいるような笑みを浮かべた。
「幸村が私とずっと一緒にいたいと思うなら、普段とは違うことをすればいいんだよ。刺激的なことをさ!」
「普段と違うこと……?」
「そう! 例えば、たまには幸村が下になるとかね!」
の言っている言葉の意味が分からず、幸村は眉間に皺を寄せた。もしも、そうすることでを自分の元に置いておけるのならば、それに従わない手はない。しかし、何を言っているのかが分からない。はにこやかに人の悪そうな笑顔で口を開いた。
「だから! 私が幸村を喘がせてみたいなー、みたいな?」
「なっ!?」
予想打にしていなかったの言葉に、幸村は顔がたちまち熱くなるのを感じた。はそんな幸村の反応を楽しげに見ている。そして、幸村の唇に自分のそれを軽く押し当てた。その行動のせいで、幸村は更に顔を赤くする。先ほどまで感じていた不安などといったものは、一瞬にしてどこかに飛んでいってしまっていた。
「ねぇ、駄目……?」
可愛らしく小首を傾げ熱に潤んだ瞳で見つめるに、思わず下半身に熱が集中しそうになったのは男として仕方が無いことだろう。幸村はこのままこの場にいると色々と危なそうだということを察すると、との距離を無理やり開けると脱兎の如くその場を後にした。それを残されたが呆気にとられて見つめていたが、すぐに微笑みを浮かべた。そして、不意に天井付近を見て、そこにいた彼女に声をかけた。
「失敗しちゃった」
「まぁ、幸村様も奥手だからねー。仕方ないんじゃない?」
天井裏に隠れて、半ば野次馬根性で二人を見守っていたくのいちが姿を現す。
「……やっぱり、媚薬でも混ぜておいたほうが良かったかな?」
「だったら、作ったげよっか?」
「本当? やった、くのいち大好き!」
「あたしも好きだよー、にゃは!」
何やら不穏な会話を部下と彼女がしていたことを、幸村は知らなかったのだったが、後日それを身をもって知ることになるのだった。