「へい、まきのん! 元気かい?」
教会の扉を盛大に開け放てば、黒い何かがさっと祭壇の陰に隠れるのが見えた。といっても、イニシャルGではないのは、大きさからして明白だ。むしろ、あのサイズでイニシャルGだったらこの教会ごと灰に出来る自信がある。幾ら神といえども苦手なものは苦手なのだ。
それにしても、あまりにも隠れ方がおそまつでこちらが情けなくなってくる。こんなのがかんなぎとは泣きたくなる。精神的な面はおいおい指導していくとして、とりあえずは外側から入っていくべきだろう。そう考えてプレゼントを持ってきたのだが、なんだこの反応は。
少しだけイラついたのでわざと足音を盛大に鳴らしながらまきのんの所へと向かえば、距離に比例して彼の体の震えが酷くなっていく。幾らなんでもヘタレすぎるだろう。男ならもっとしゃきっとしてほしいものだ、
「せっかく私が下界に降りてきたってのに、その反応はなによー」
「っひゃあ!」
まきのんの丸まった背中をつんつんと突けば、飛び上がってあとずさりして祭壇に頭をぶつけて身悶えしていた。自滅したまきのんは頭を押さえて、痛みのために呻いている。あまりにもその声が大きかったので、そっと頭に手を伸ばしてその痛みを取ってやる。これぐらいはサービスとして無償でやってあげるべきだろう。
「どう? まだ痛い?」
「もう大丈夫です。……あ、ありがとうございました」
にこにこと笑いながらまきのんの頭を撫でれば、彼もおずおずと笑いかけてきた。しかし、私を無視しようとした恨みを忘れたわけではないし、無論まだ許すつもりもない。
ということで、撫でていた手を力を込めて頭蓋骨が壊れない程度の強さで掴むと、ゆさゆさと左右に振る。
「いたっ痛いです!」
「痛くしてんの。で、どーしてあんな態度をとったのか分かりやすく説明してくれない?」
「だ、だって、さんがいつも変なものを持ってくるから……!」
「変なものって何よ! 正式な衣装よ!」
そう言って、まきのんのために用意した服を取り出した。清らかな白い小袖に、鮮やかな緋色の袴。どこからどう見ても、神に仕えるものの制服巫女服であった。一体これの何が気に入らないのか甚だ疑問である。
「それは女性が着るものでしょう!」
「そんな理屈が私に通るかと思っているのか!」
私にとっては、そんなことは瑣末な問題である。第一人間自身が男女平等を唱えているというのに、これは一体どういうことなのだろうか。それとも、まきのんはステレオタイプの人間なのか。それは分からないが、とりあえずはっきりしていることは彼はヘタレであるということである。
私の気迫に押されてか、まきのんは文句を言うでもなくびくびくと体を震わせている。そういえば、まだ頭を掴んだままであった。流石に可哀想になってきたので手を離せば、尻餅をついて目を白黒させていた。そんなことは気にせず、目線を合わせるように彼の前にしゃがみこむ。
「異論ないってことは、了承ってことで受け取るよ?」
「え、ちょ、ちょっと待ってください!」
「男ならはっきりしゃっきりしろ!」
「わ、私はそんなもの着たくないです……!」
まきのんがこうもはっきり反発するなんて珍しい。物珍しさに面食らいつつも、かといってこの件については一歩たりとも譲るつもりはなかった。
「だいたいまきのんの服は洋服じゃない!」
「それの何が悪いんですか……?」
「私の巫女は和服じゃないと嫌なのよ!」
「巫女服である必要性がわかりません……」
「私の趣味よ!」
自信たっぷりにそう言えば、まきのんは途端に絶句した。ぽかんと口を閉じることも忘れて呆然とこちらの顔を見つめられれば、どことなく恥ずかしい気がしてくる。ただでさえどちらかといえば好きなタイプの顔立ちをしているまきのんなのだから、それも当然なのかもしれない。
それにしても、まきのんに巫女服という組み合わせは中々良いかもしれない。まきのんは色白だからさぞかし袴の緋色が映えるだろう。そう思えば思うほど、余計にまきのんには巫女服を着て欲しくなってきた。
「とにかく! 私はそんなの着ませんからね!」
まきのんは声を大にしてそう言い切ると、ぷいとそっぽを向いてしまう。ここまで徹底抗戦の構えを見せられると、普段の態度が弱気なだけに戸惑ってしまう。しかし、ここであっさり引き下がってしまえば神の名が廃るというものである。そうは思ってみても、ではどうやってまきのんを篭絡しようかと考えてみるのだが、やりすぎるとそれこそ本当に嫌われかねない。それが喜ばしいことではないことは明白だった。
「神様の言うことが聞けないっていうの?」
「誰が相手であろうと、そんな理不尽なことは聞けません!」
「まきのんのばーか!」
「……子供ですか、貴女は」
「神様だもん」
いつも通り高圧的な態度に出てみても、まきのんは毅然とした態度を崩そうとしない。それが酷くつまらなくて、気分が悪くなってくる。これでは彼に言われたとおり、子供のようである。でも、他にどんな手を使えばいいのか分からず、こうして拗ねることしか出来ない。今まで散々力で制圧してきたつけがこんなところで回ってくるとは思っていなかった。思えば取り取られで血を血で洗うように戦いに明け暮れていたのだから、こんな平穏な日常を手に入れられるとは思ってもみなかった。それにしても、私のコミュニケーション力のなさには呆れを通り越して笑えてすらくる。というか、そもそも神なんだから大人しく常世にでもいた方がいいのだろうか。大っぴらに下界に降りてくる神様なんて、型破りにも程があるような気がしてきた。
「あ、あの……どうかしました?」
すっかり気落ちしてしまった私を心配してか、まきのんがおずおずと声をかけてきた。さっきまでの静かな気迫は影を潜め、すっかりいつも通りの頼りなさそうなまきのんへと戻っていた。もしかして、引きに弱いのだろうか。どうやら私は押して駄目なら引いてみろ、を無自覚にやっていたらしい。流石だ、私。
内心拳を握り締めガッツポーズを作りつつも、その喜びはまきのんにはばれないように気をつける。ここで泣こうものならまきのんはさぞかし慌てるであろうが、それは流石にやりすぎている感じがする。
「別にー」
そっぽを向いて唇を尖らし、わざとぶっきら棒にそう言った。まきのんは目に見えて焦りだして、狼狽しながら言葉をかけてくる。
「す、すみません……」
「まきのんってさ謝りはするけど、だからって譲ってくれる訳じゃないよね」
「……すみません」
「ほら! またすぐに謝る! もっと、こうさ、どんと構えてくれなきゃ、私としても心配なんだよ。わかる?」
「……うぅ」
「その、煮え切らない態度が嫌だって言ってるの!」
びしりと立てた人差し指をまきのんの顔に突きつける。眉尻を下げてへにゃりと頼りない顔をした彼は、今にも泣きそうな風であった。
「いい? 相手が誰であろうと何であろうと、自分の意見はしっかりと持ちなさい。勿論不必要な反抗は関係を悪化させるだけだけれども、理不尽なことには果敢に歯向かいなさい。いつまでも隅っこでうじうじしているだけでは、なめられては仕方ないのよ? 貴方は私の代弁者なんだから、もうちょっとしっかりしなさい!」
「すみませんでした……」
「謝るぐらいならしゃきっとしなさい!」
「は、はい!」
まきのんは弾かれたように背筋を伸ばして居住まいを正す。表情はまだ頼りないものがあるものの、この可愛さに免じて及第点としておいてあげようか。私はにっこりと口角を持ち上げて、まきのんに笑いかけた。
「じゃあ、まきのんの制服は巫女服ということで」
コスプレ神様?
いいえ、正式衣装なんです!
「嫌です!」
「却下よ。神様に逆らっちゃ駄目でしょ!」