はい、どーも、こんにちはーこんにちはー、です。
というわけで、この度はだだっこだったかそんな感じの神様をぶっ飛ばして、私がこの羽生蛇村の神様になっちゃいました。
神様の世界にも下剋上というものがあるわけで、人間に食われたせいで力を失くした間抜けな神様がいるときいて、信仰心欲しさに神の座を乗っ取っちゃいまして……てへ☆ 私ったらお茶目さん。
でも、私がしたのは神様を引き摺り下ろしただけであって、それだけじゃ私に信仰心が集まってくることはないというのがネックだった。
羽生蛇村で信仰されている眞魚教の御神体は、あのだだっこの首なのだ。それを壊すなりなんなりして、代わりに私を象徴するようなものに替えなければならない。
そんなこんなで、私は思い立ったら吉日を言わんばかりに、羽生蛇村の不入谷教会に来たというわけです。
解説終わり!



「あ、あの貴女は一体……?」


扉を開け放って奥にずんずんと進んでみれば、そこには一人の黒ずくめの青年がいた。
びくびくと挙動不審にこちらを見ている彼は服装からしてここの求道師とやらだろうか。こんなのがそんな大役を勤められるのか、激しく疑問だ。
しかし、彼は求道師なのだから、御神体が何処にあるのかぐらいは知っているのだろう。つまり、彼を問い詰めれば首を探さなくてもすむ、というわけだ!
私はそう考えて、彼に近づくと襟を掴んでこちらに引き寄せる。その際、蛙が潰れたような声が聞こえたが、気にしない方向でいこう。
彼のほうが背が高いので、必然的に彼は前かがみになった。


「な、な、何ですか……!?」

「首、頂戴」


私が単刀直入にそう言うと、彼は一瞬にして顔を青くした。そりゃあ、誰だって御神体をやすやすと引き渡すわけもないだろう。
しかし、私は自分で言うのもなんだが、だだっこよりかは信仰しておいても損はないように思える。だだっこは神とはいえないような存在であり、敬う彼らに何の見返しもしていない。それもそのはず、あいつは神の世界から不注意で転落してしまっただけであり、崇められるにたる神としての価値は皆無に等しい。そんなのよりも、曲がりなりにも他の場所も治めた経験のある私のほうが役立つに決まっている。
そこら辺の詳しい事情を求道師に話しても良かったのだが、何分色々と面倒くさい。
だから、私は彼の不安を解消させるためにもにっこりを笑いかけた。


「そっちにも損はないよ? だから、さっさと首よこせ」

「だ、駄目です」


声がひっくり返り、何とも情けない。求道師というより、男としてどうなんだ。こんなのが、求道師だったら集まる信仰も集まらないんじゃないか?
かなり不安になったが、もしも不具合が出たのならば、他の人に替えればいいか。そう思って、ひとまずは一番の目的である首の破壊を遂行するために、その在りかを彼に聞く。しかし、求道師は強情に否定の言葉を並べた。
いつまでも埒の明かない言葉のキャッチボールに、とうとう私の堪忍袋の緒が切れた。


「あぁ! もうぐちゃぐちゃ言わないで、さっさと御神体がどこにあるのか教えろ! 今すぐ言わないと、もうこの教会ごと破壊してやる!」

「……御神体?」

「何、阿呆面してんの! さっきからそう言ってるじゃない」


言いながら、彼の体を揺さぶる。求道師は、私の押しにとうとう折れたのか、はたまた揺れすぎで気持ち悪くなったのか、今にも泣きそうな顔で祭壇のほうを指差した。
そこには何とも気持ちの悪い物体が置いてある。それが首なのか今だ揺さぶりながら問いかけると、彼は何とか首肯してみせた。
私は今まで揺さぶっていた手を離し、御神体に駆け寄った。後ろで求道師が倒れたような音がしたが、そんなの関係ねぇ!
私は首を手に取ると、それが確かにだだっこのものであることを調べる。どうやったとかそんなのは聞かれても、フィーリングとしか答えようがない。
私はそれを抱えたまま、地面に這い蹲っている黒服の男のほうを見た。彼は潤んだ瞳で私のほうを見て、それから恐る恐ると言った風に口を開いた。


「あの、それをどうするんですか……?」

「どうするって、決まってんじゃん」


そう答えながら、手に持つ御神体を上に掲げる。そして、それを盛大に振り下ろした。
求道師はそれを呆けたような顔をして見て、それから思い出したように叫び声をあげた。


「な、な、な……何をするんですかっ!」

「あっれー、結構頑丈だな? えいっ!」


綺麗に真っ二つに分かれてくれればいいものの、地面に転がるそれにはひびが入った程度だった。だから、私はそれを足で踏み砕く。すると、また求道師の絹を裂いたような叫び声が聞こえてきた。
彼は慌てて立ち上がると、途中躓きつつ私のもとに駆け寄った。そんな様子を私は眉間に皺を寄せながら見る。もちろん、その間首を壊す足を止めることはない。


「やめてください!」

「……といっても、もう手遅れだと思うけど」


彼が原型を留めていない首に覆いかぶさるものだから、それ以上壊せなくなってしまう。
とうとう泣き出してしまった求道師は情けなかったが、それでも私を睨みつける目は鋭さを失っていはいなかった。といっても、この程度の睨みでは赤ちゃんを泣かせることすら出来ないだろう。


「どうしてこんなことをするんですかっ!」

「その御神体があると、私にとってよろしくないから」

「そもそも貴女は誰なんですか! ……もしかして、美耶子様の」

って名前があるけど。それと、私には美耶子っていう知り合いはいないよ。っていうか、あんたの名前は? 一応、聞いておきたいんだけど」

「あ、私は牧野といいます」


名前を聞いてみれば、律儀にそれに答えるまきのん。そんな彼に呆れよりも心配な気持ちのほうが大きくなってきた。
まきのんも自分のあまりにも愚かというかなんというか、そんな行動に気づいたのか慌てたように口に手を当てた。いまさらやっても意味ないと思うけど。


「ねぇ、まきのん。ちょっとそこどいてくれない? 首、完全に滅しておきたいからさ」

「で、ですから! そんなことをして、貴女に何の利益があるんですか!」

「御神体としてそれが崇められている限り、私に信仰心が回ってくることはないの。せっかく神の座を奪い取っても、信仰心が得られなきゃ何の意味もないでしょ?」

「あの、貴女の仰ってることの意味がよくわからないんですが……?」

「だーかーらー、堕辰子はもうここの神様じゃなくなったの。今は私がこの羽生蛇村の神様なの! で、神と人間の世界をつなぐには、一番御神体を設けるのが手っ取り早くて。でも、今ここにあるのは堕辰子のものでしょ? それを私のものに替えれば、村人はご利益を得ることができるの。もう神でも何でもない堕辰子を崇拝したって意味ないよ?」


まきのんの阿呆面は、私の言葉を聞いて三割り増しぐらいになっていた。呆然としたまま動かない彼の顔の前で手を振ってみても、何も反応はない。
黙っていてくれるのならそれはそれでやりやすい。そう思って、彼を首の残骸の前から撤去する。
無理やり退かされて我に返ったのか、まきのんは御神体に伸ばされていた私の右手を慌てて掴む。


「そんな馬鹿げた話あるわけないです! み、宮田さんに」

「はいはい、じゃあ今から証拠見せますんで」


人として当然の返し方をしてくる彼を適当にあしらい、私は空いている左手を粉々になった首に向けた。
そして、それが燃える様を想像した時、現実にもそれは現れていた。
私の霊力とかそんな感じのもので出した、白い炎はまたたくまに残骸を飲み込んだ。しかし、燃えるのは首だけであり、その下にある絨毯が燃えることはなかった。
御神体は完全に焼却され、灰一つ残さず人間の世から消え去った。
私は誇らしげな気持ちでまきのんを見る。彼は予想と違わず、呆けた顔で首があった場所を凝視していた。


「ね? 人間にあんなこと出来る? なんなら、この教会も消してみせよっか?」

「そんな馬鹿な……」


まきのんは私の言葉に耳を傾けずに、ありえないだとか今起こった現象を否定する言葉を呟いていた。
仕方が無いこととはいえこうも無視されると、少しだけ寂しい感じもした。
しかし、そんな我侭で話を進めてしまってはまきのんも大変だろうと思い、ひとまず彼の心の整理が終わるまで待つことにした。

そして、待つこと数分。ようやくまきのんは私のほうに顔を向けた。


「……貴女が神であるということは信じてみます」

「それはいい判断だね。そうしないと、話が進まないし」

「…………でも、貴女をこの村の神を認めたわけではありません」


毅然とした表情でそうまきのんは言った。彼にしては珍しく(といっても、出会ってまだ一時間も経ってないけど)、男らしさというものを感じた。
そして、まきのんの言葉にも納得する。そりゃあ、突然知らないやつがやってきて私を崇拝しろ、なんていっても中々受け入れられることでもないだろう。
しかし、それは言うのもなんだが人間の都合というものであって。事実、この村の神はもう私なのだから、それを認めて貰わなければ意味が無い。そうしないと、私は信仰心が得られないし、村人は加護を得られない。両者のどちらも得をしないのだ。
それをどうまきのんに説明しようか考える。だが、いい案が浮かばず、というかこんな長い時間考える意味がわからなくなって、私は物理的手段に訴えることにした。
今だしゃがみこんだままのまきのんの首根っこを捕まえて、無理やり立たせる。その際、なんともまぁ情けない悲鳴が聞こえてきたが、これが彼なのだと思うしかない。


「そっちの都合は関係ないの。わかる? このまんまの状態だと、お互い損しかしないの!」

「そ、そ、そんなの知りませんよ!」

「もうどうして人間って変化を嫌うのよ!」


先ほどまでの男らしさを感じられる表情とは一変して、情けなさを倍増させているまきのんであったが、こういうタイプはごり押しで何とかなるだろうと思って、私は更に彼の首を締め上げる。
最初こそ顔を赤くして必死で抵抗してきたまきのんだったが、次第に諦めたのか今度は顔を腐ったお粥のような灰色に変えて大人しくなった。
相手が完全に戦意喪失したのを確認すると、これではまともに話も出来ないであろうと手を離す。
すると、まきのんは私のほうに寄りかかってきた。


「は? え?」


一体、こんな風になるフラグを何処で立ててしまったのかと疑問に思いながらも、驚いてまきのんの体を向こうに押しやる。
すると、まきのんは抵抗するでもなく、後ろに下がって――そのまま、後頭部をしたたかに打ち付けた。
それにまた驚いて、慌ててまきのんに近寄ってみれば、彼は真っ青な顔をしたまま気絶していた。
……そりゃあ、頭を打ち付ければ気絶するだろうな。
動かなくなったまきのんをすぐ近くにある長いすに寝かせて私はその顔を覗き込む。
結構好みのタイプだった。






押しかけ神様?

いいえ、迷える子羊のためです!

(また会いに来ようっと)
(べ、別に顔がよかったからとかじゃなくて、私の信仰についてよ!)